私は大のおばあちゃん子であった。
幼稚園の時だったか、祖母が風邪をこじらせ入院したことがある。幼稚園から帰ると母は祖母の見舞いに行き、私は独りぼっちになった。純真無垢(むく)だった私は、祖母のためにできることはないかと考え、いつか祖母が好物だと言っていた「アスパラガス」を求め、貯金箱をこじ開けた。
近所のスーパーにたどり着き、私は人生最初の壁にぶち当たった。一体、アスパラガスとはなんぞや。肉か魚か、はたまた野菜か?(野菜である)。実はアスパラガスは祖母の好物ではあるが、兄の苦手な食べ物だったので、私はそれを見たことがなかったのだ。もっと早く気づけと言いたい。
私はしばらく店内を歩いた。初めての(自主的な)おつかいだったので、店員さんに聞いてみようなどという考えは浮かばない。アスパラガスは見つからない。それどころかタイムセールが始まったのか、人であふれて何も見えない。
もう、祖母がいつも私に買い与えてくれるラムネでいいんじゃないかと思い始めたが、そうはいかない。私は本気で祖母が大好きだったのだ。書いていて泣きそうになってきた。どれだけけなげで良い子なんだ私よ。こんな風になっちまってごめんな私よ。
閑話休題。私は悩んだ。ひたすら悩んだ後、一つの結論を見いだした。
豚の肉は豚肉だ。牛の肉は牛肉だ。それならば、アスパラガスはガスと関係があるのではないか?
そうなると、キーパーソンは父だ。私の父はガス会社に勤務していた。
わらにもすがる思いで一度家に帰り、緊急連絡先を見て父の会社に電話をかけた。
「はい、こちら○○ガスです」
し、知らないお姉さんが出た!
父が出るとばかり思っていた私は困惑し、わんわん泣いてしまった。
私は泣きながら「お父さん」と言い続けた。お姉さんは根気強く私の名前を聞いて、父につないでくれた。
「もしもし、どうした?」
「ア、ア、アスパラガス!」
「本当にどうした!?」
結局、父はアスパラガスを買ってきてくれた。おまけに祖母の入院も一日だけで、その夜には帰ってきた。
食卓に並んだアスパラガスのベーコン巻きを、祖母はうまそうに食べた。
私も奇妙な感慨にふけりつつ、箸でそれを取って一口食べる。
おお! この歯ごたえ……。香り……。なんて……なんて普通なんだ!
念願のアスパラガスであったが、私の中のハードルが上がりすぎていた。
我ながらひどいオチではあるが、あれが私の人生初の大冒険であったことは間違いない。=朝日新聞2017年08月26日掲載
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