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綿矢りささん「真剣な場にパジャマで行くような小説を書いてきた」(第11回)

綿矢りささん=武藤奈緒美撮影

【今回のテーマ】他人の不幸はどんな味?/他人の幸せはどんな味?

激しい作品に思わず本音が

 日常の感情を言語化するヒントを多彩なゲストとともに探求する「わたしの日々が、言葉になるまで」。今回は、MCの劇団ひとりさん、WEST.の桐山照史さん、俳優の森迫永依さん、ミュージシャンの川谷絵音さん、そして小説家・綿矢りささんの5名で「他人の不幸」「他人の幸せ」をテーマに話し合いました。

 綿矢さんにとって、この番組の面白さとは。

「意外なキーワードをきっかけに、妙に深い話になっていくところかな。他人の不幸や幸せがどんな味かなんて、言語化する機会ないですよね。そして、番組で引用される小説や歌詞もなかなか激しいものがセレクトされているので、それに引きずられて我々出演者も思わず素直な気持ちを言ってしまったように思います」

 たとえばどの作品が激しかったですか?

「小池真理子さんの『贅肉』から、才色兼備の姉の失恋を喜ぶ妹の描写が引用されたのですが、暗くドロドロとした気持ちが濃厚に書かれていて、みんなそんな気持ちになったことがなくても『こういうことあったかも……』と話が弾みました。あれは小池さんの文章の力にみんなが引っ張られたのだと思います。

 前回のテーマ『夏がくれた気持ち』で紹介された漫画や、今回紹介されたヨルシカさんの『だから僕は音楽を辞めた』という歌など、自分の知らない作品に触れられたのも収穫です。いつもは自分の好きな作家の小説ばかり読んでいるので」

 綿矢さんは漫画は読みますか?

「あまり詳しくなくて。ほぼ『ちいかわ』しか読んでいません」

 ちいかわ⁉ ゆるキャラとして有名ですが、そもそもは漫画なんですね。

「しかも絵からは想像できないほど深くてシビアな内容なんですよ。その感じが好きです」

 

綿矢りささん=武藤奈緒美撮影

「蹴りたい背中」で描いた幸せ

 川谷さんから「幸せより不幸な出来事のほうが作品にしやすい」というお話があったのですが、綿矢さんはいかがですか。

「私は幸せのほうが書きやすいです。でも、不幸を題材にした作品のほうが深みがあると評価されることが多くて。だから、不幸な小説のほうが重厚感というか、人の心に訴えるものがあるのかなって感じることがあります」

 そこに悔しさはありませんか? 不幸だから深いとは限らないぞ!って。

「めっちゃありますね、本当に。私が書いているのは、真剣な場所にパジャマで行くような小説で、真剣に合わせる必要ない、と意思を持ってそうしているのですが、やっぱり時には、『でも苦みだって知ってるぞ』と不幸で重いものを書きたくなるときがあります」

 浅い、とみなされがちな「幸せ」を純文学で書くとき、綿矢さんはどういう風にアプローチしていますか?

「ふわっとした幸せだとたしかに書きづらいから、もうちょっとリズミカルでフェチ的っていうのかな。いわゆる家族もいて、美味しいご飯もあって、ふかふかの布団で眠れて幸せだねっていうのから、ちょっと外れたものを書きます。猟奇的であったり、ちょっとひねくれてたりとか、そういうところにある幸せな気持ち。『人の不幸は蜜の味』も、ある意味ひとつの幸せなので書きやすいです」

 そういえば、『蹴りたい背中』で書かれているのも、相手の背中を蹴りたくなるようなときめき。主人公独自のフェティシズムの幸せと言えるのかもしれませんね。

綿矢りささん=武藤奈緒美撮影

自分の文芸を極めたい

 嫉妬や焦りなどネガティブな気持ちを言語化する意味とは。

「ネガティブなものって共感を呼びますよね。この気持ちはさすがに黒すぎるやろ、と思いながら書いたものでも、意外と読者がついてきてくれて、ここまで書いても受け入れてくるのかと安心したり。読者にも『ここまで嫌なこと考えてる人おるんや』っていう安心感があるのではないでしょうか。ネガティブの言語化は暗い作業かもしれないけど、共感が共感を呼んで、自分の汚いところを受け入れられるようになるのはいいことだと思います」

 綿矢さんは何のために小説を書いていますか。

「やっぱりどこかに到達したいという気持ちはありますね。自分の小説の芸を極めた時の景色を見てみたい。不幸なもののほうが書く意味があったと思うのか、私の進んできた〈幸せを書く〉という道は間違ってなかったと思うのか、自分なりの答えを見つけるために書いていると思います」

 新しい小説に取り掛かるとき、芸の到達のために課題や目標を設定していますか。

「そうですね。とことんふざけてやろうとか、とことん恋愛について考えてみようとか。今、更新したいのは集中力。本になる直前まで見直す集中力をちょっとずつ、つけていきたいです」

 番組では綿矢さんの『手のひらの京』から、友だちの結婚に対する登場人物の気持ちをうさぎに例えて表したシーンが紹介されました。それ以外にも『勝手にふるえてろ』の表紙や『かわいそうだね?』の描写など、綿矢さんの作品にはうさぎがよく登場するそうですね。

「指摘されて初めて気づきましたが、そうみたいです。うさぎ好きだからかな」

 前回のテーマ「夏がくれた気持ち」でも、台風が好きだから台風のシーンをよく書くとおっしゃっていましたよね。同じモチーフを何度も書くと、素人考えではかぶりを気にしてしまうと思うのですが……。

「それは私もかすかに不安です(笑)。他の人の小説読んでても『あ、また同じこと書いてる』って気づくときがあって。でもやっぱり好きだし、もう一回書きたいなっていう気持ちが勝っちゃいます」

 好きだからこそ突き詰めた表現ができる場合も?

「ちょうど今、台風が出てくる小説を書いているんですが、今回の台風は上海の台風なんです。日本の台風とはまた違うし、台風って人が死ぬこともあるからコミカルに書いたら不謹慎かもしれない、けど台風のときに外出しちゃう人を書きたいんだよな、とか、いろんなさじ加減が台風ごとに違って、それを探るのが面白いです」

綿矢りささん=武藤奈緒美撮影

他の作家を妬まない理由

 綿矢さんは同業者の成功を妬むことはないそうですが、なぜ妬まずにいられるんですか。

「同じ小説家といっても、それぞれ全然別の仕事をしているという感覚があります。だからうまい文章を読んでも、自分が負けてるのか勝っているのかよくわからない。それに、作家生命って長いんです。今よくてもダメになる可能性があるし、逆もまた然りで、敵を捉えにくい」

 なるほど。どの時期の私とどの時期のあの人を比べたらいいんだ?っていう……。

「そうそう。かといって、外国の偉大な作家にライバル心が湧くほど野心もないですし」

他のゲストの言葉で印象的だったことは。

「劇団ひとりさんと森迫さんの問答ですね。森迫さんは人の不幸はいっしょに悲しんで、幸せは喜べるとおしゃっていたんですが、ひとりさんがそれを『本当なの?』って問い詰めていて。善のパワーと悪のパワーが闘っているような緊張と興奮がありました。私はちょうどお二人に挟まれた席だったのですが、森迫さんを追及するひとりさんの眼が真っ黒だったんですよ。深淵を見た気がしました」

 その闘いは、前回登場いただいた川谷絵音さんも注目していました(笑)。次回のテーマは「夢から生まれる感情」。お二人が注目する森迫永依さんのインタビューをお届けする予定です。どうぞお楽しみに!

【番組情報】
「わたしの日々が、言葉になるまで」(Eテレ、毎週土曜20:45~21:14/再放送 Eテレ 毎週木曜14:35~15:04/配信 NHKプラス https://www.nhk.jp/p/ts/MK4VKM4JJY/plus/)。次回の放送は7月19日(土)20:45~。テーマは「夢から生まれる感情」です。