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グレッグ・イーガン「白熱光」書評 「あなたはDNA生まれですか」

評者: 川端裕人 / 朝⽇新聞掲載:2014年02月16日
白熱光 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ) 著者:グレッグ・イーガン 出版社:早川書房 ジャンル:小説・文学

ISBN: 9784153350120
発売⽇:
サイズ: 19cm/414p

白熱光 [著]グレッグ・イーガン

 綿密な科学考証を元に大きな物語をつむぐハードSFを紹介したい。当代屈指のSF作家、グレッグ・イーガンの最新翻訳長編だ。
 奇数章と偶数章で別々の物語が進行し、いずれも舞台は超未来の異質な世界。その「世界観」を楽しむことがひとつのポイントになる。
 奇数章は、冒頭で主人公が「あなたはDNA生まれですか?」と問われるところから始まる。有機的な「生物」として進化した知性も、電子的な情報世界から出(い)でた知性も、区別なく暮らす「融合世界」が銀河に広がっており、人々は事実上の不死を謳歌(おうか)している。ただし銀河中心部には外との連絡を一切拒絶する「孤高世界」が存在する。この謎めいた銀河の核への旅を描く。
 偶数章は、ブラックホールの周りを回る岩の中に洞窟を張り巡らせて住む異形の知性の物語。岩の内部からは天体観測できないため、宇宙についての知識は乏しい。力学の概念もない。しかし、岩の自転などで生じる重力パターンを観測することから、力学の基本概念を発見し、一世代で相対性理論にまで至る。地球とは全く違う環境で、知性がいかに物理学をものにするかという点を分厚く描いているので、物理学に詳しいほど楽しめる。こと物理学的な記述は、だいたいの人が途中で置いて行かれる水準だと思うが(評者を含めて!)、奇数章とも通底する「発見の喜び」「探求心」の発露を楽しめば十分報われる。
 二つの物語が直接合流する終わり方はしないものの、「孤高世界」の起源をめぐって両者は交錯する。謎は謎と残したまま、超絶的なスケールで想像力を喚起してくれる。
 なお、本評の段階でハードルが高いと感じた人は、短編集『しあわせの理由』『ひとりっ子』などから始めるとよい。同時代に生きながら未読の人は幸せだ。これから出会えるのだから。イーガンは、そう断言できる作家だ。
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 山岸真訳、早川書房・1680円/Greg Egan 61年、オーストラリア生まれ。作家。著書に『順列都市』など。