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町田そのこさん 語彙を増やすことは相手に寄り添うこと「その気持ち、私も知ってるよ」(第8回)

町田そのこさん=武藤奈緒美撮影

【今回のテーマ】仲直りするための言葉/裏切られた時の気持ちを言葉にすると?

謝罪って暴力

「わたしの日々が、言葉になるまで」は、感情の言語化を多彩なゲストとともに探求する日常言語化バラエティー番組。言葉のプロである町田さんにとって、この番組の面白さとは。

「いつもは小説で書き言葉の表現を追究しているのですが、この番組ではふだんの話し言葉について皆さんと意見を出し合う。そこが面白いところですね。今回、口語表現の豊かさを再認識しました」

 今回のテーマは「仲直りするための言葉」ということで、MCの劇団ひとりさん、WEST.の桐山照史さん、葵わかなさん、ヒャダインさん、みなさんそれぞれの喧嘩エピソードが語られました。町田さんの喧嘩相手はもっぱら夫とのこと。

「私、仕事相手や友達と言い争うということはなくて、親子間でも私が一方的に叱り、子どもがハイハイとスルーするので喧嘩にならなくて。口論になるといったら、夫としかないですね。ひとりさんもおっしゃっていたけど、それはお互いが対等で、これからもその関係を続けていこうとしているからなんでしょうね」

 仲直りのコツは、潔く謝ることだとおっしゃっていましたね。

「本当は謝りたくないんですよ。番組でもお話しましたが、喧嘩のきっかけは些細なこと。夫が夜11時に洗濯物を干しだして、私が『それ今やらなくていいじゃん。こっちは寝るとこなのに』と文句を言い、『いや、溜まっとったよ』と夫も言い返して……。私が悪いとは到底思えないんですよ(笑)。だけど、空気が悪くなると、怒りすぎたかなあ、私も悪かったかなあ、と思えてきて、しぶしぶ謝ります」

 自分から折れるのはなかなかできないことですね。

「私自身がなあなあにできない性質なんです。なし崩し的に仲直りしても、『あの時ごめんなさいって言わなかったよね?』っていつか蒸し返す未来が見える。だから一つ一つ、ちゃんとけりをつけたい。でも、最近ネットでいい方法を知って。ごめんって言いたくないけど、言わなきゃ収まらないときは、うつむいて『木綿(もめん)』って言うといいんですって。こうすれば相手には謝罪したように見え、自分では謝罪してないもんね、と思える。なるほど~!って感動して、家でちょっと練習しました(笑)。
 これは小説にもよく書くことなんですが、謝罪って暴力だと思うんです。謝ったんだから許せよって相手に強要するもの。だから謝るときも、『二人の間のいやな時間は少なくしていきたいから、謝りたいんだけど、どうでしょうか』ってお伺いを立てます。夫がそれを受け入れてくれればそれでいいし、『ちょっとまだ踏ん切りつかん』と言われたら『どこを直したほうがいいと思う?』ってすり合わせもできるので」

町田そのこさん=武藤奈緒美撮影

「美しい」と「うつくしい」の違い

 番組では「御免なさい」「済みません」「申し訳ありません」のそれぞれの漢字表記から、同じ謝罪の言葉でもニュアンスが異なることが紹介されました。町田さんも、小説の中のひらがなにする言葉と漢字にする言葉を使い分けているそうですね。

「番組では『人』と『ひと』を使い分けているという話をしたのですが、ほかにもあって、『美しい』はだいたい『うつくしい』とひらがなで書いています。私のイメージでは、漢字の『美』だと研ぎ澄まされた感じがする。人工的な美、硬い美、という印象があるんです。ひらがなだと、柔らかな丸みのある感じ、ありのままの姿のうつくしさを表しているように感じて。『やさしい』もひらがなを選ぶことが多いです」

 小説のテーマはどんなところから見つけていますか?

「いつも家事をしながら夕方のニュースを流し見しているんですが、たまに家事の手が止まって見入るニュースがあって。子どもの虐待だったり、トランスジェンダーについてだったり。ネットや本で深追いして、自分なりの考えを作っていきます。たとえば『52ヘルツのクジラたち』ではトランスジェンダーの人物が登場するんですが、これも、もし今自分が身近な人から『トランスジェンダーなんだ』と言われた場合、私はどう受け止めるんだろうか、と考えて生まれたもの。自分の中の疑問や怒り、意見が小説のベースになっています」

 

町田そのこさん=武藤奈緒美撮影

桜庭一樹「私の男」を全文写して

 後半のテーマは「裏切られたときの気持ち」。感情を色でイメージして小説に落とし込むというお話がとても面白かったです。

「黒、緑、赤、紫とかいろんな色のパレットがあって、この主人公は今、紫色の感情かな、でもちょっとこれじゃ色が濃いな、もう少し淡いイメージなんだけど……と色合わせするように探っていくんです。するとその感情にしっくりくる表現が浮かんできます」

 表現力をつけるためにしていることはありますか。

「私はほんとうに語彙が少なくて。どうにかして吸収しないと、と言葉の筋トレをしています。たとえば、本を読むときはいつも近くに付箋箱を置いて、気になったところにどんどん付箋をつけます。1週間くらい経ってから付箋のところだけ読み返すと、『なんで付箋したんだろう?』と思うものもあれば、『やっぱりいい!』というものもあって。改めていいと思ったものはノートに書き写しています。日記のような自分の中にある言葉は放っておいても出てくるもの。だから他者の言葉をインプットすることのほうが筋トレになると思っています。
 デビュー前には桜庭一樹さんの『私の男』を全文タイプしたんですよ。すごく面白くて夢中になって、この原因は何だろうって知りたくて。書き写すと、句読点の打ち方にまで気を配っていることがよくわかるんです。自分が物語に入り込んでいるときに、余計な句読点があると、この作者とはちょっと呼吸が合わないなって思うのですが、桜庭さんの句読点は、なるほどここに打つのか、と。今では私も書いたものは声に出して読みながら、句読点の位置を探っています。全文書き写すと、あのシーンがここで回収されるのか、リアルタイムで伝わってきて、伏線の張り方も身につきます。作家が1冊書くまでの時間や手間を体感できたのもよかった。でもひとにはおすすめしません。大変だから(笑)」

町田そのこさん=武藤奈緒美撮影

言語化は、感情の色合わせ

 今回の「日々こと」で学んだこと、気づいたことは。

「とりあえず、今度夫と喧嘩したらお寿司に誘おうと思いました(笑)。ヒャダインさんが言ってたんです。おいしいものを食べながら喧嘩はできない。それにお寿司なら、それぞれがそれぞれの好きなものを食べられるうえ、カウンターなら大将もいて、人目もあるから険悪にならないって。すばらしいアイディアですよね。
 それから葵さんや桐山さんの、『アイス買いに行かない?』とか『お、おはよう』とか、あえて白黒つけず、お互いの暗黙の了解のもとうやむやにするというのもアリなんだなと気づきました。毎回、『お話があります』っていうのも重いですしね(笑)」

 町田さんにとって、感情を言語化する意味とは。

「うちの子どもたちを見ていて思うのですが、若い人はたった数文字の言葉で会話をしていますよね。エモい、メロい、エグとか。たとえば下の子がおねえちゃんと喧嘩して、お姉ちゃんはエグくて、面白い漫画もエグと言っていて、エグってなんなの?となる。そこを簡単に済ますのではなく、言葉をたくさん知って繊細に表現できたら、その気持ちを相手ともっと共有できると思います。
 学生さんたちには、よく『自分の感情のパレットを知っておくといいよ』という話をします。友だちが悲しんでいたとき、それってきっとこういう気持ちだよね、その色私も知ってるよ、と言えたら、寄り添いあえるじゃないですか。自分の気持ちを相手にわかってもらう時も、言葉を知っていればうまく伝えることができますよね。そのためにも語彙を増やすことは大切。言語化というのは、目に見えない感情のパレットをお互いの言葉ですり合わせていく、色合わせの作業だと思います」

【番組情報】
「わたしの日々が、言葉になるまで」(Eテレ、毎週土曜20:45~21:14/再放送 Eテレ 毎週木曜14:35~15:04/配信 NHKプラス https://www.nhk.jp/p/ts/MK4VKM4JJY/plus/)。次回の放送は6月21日(土)20:45~。テーマは「達成感」と「明日も頑張るための自分へのエール」です。