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「これって実話?」騒然の怪異譚 芦沢央さん「火のないところに煙は」

文:中津海麻子、写真:斉藤順子

 「神楽坂をテーマにした怪談を書きませんか?」。「小説新潮」からの依頼に、作家である「私」は8年前、友人を介して受けたある女性からの相談を思い出す――。こうして始まる芦沢央さんの新刊『火のないところに煙は』が、「怖すぎる!」「実話? 創作?」とSNSを中心に騒然とさせている。ミステリー作家が仕掛けた「本を閉じても戻れない世界」とは?

 結婚を考えていた恋人とともに、当たると評判の占い師の元を訪ねた女性。ところが、占い師の口から出たのは「不幸になる」。その言葉に交際相手が逆上。見たことのない恋人の姿に女性の気持ちは冷めていくが、豹変した彼からは「別れるなら死ぬ」と迫られ、精神的に追い詰められていく。ある夜、疲れ切った女性は彼からの連絡を無視。するとその晩、彼は自殺とも思える事故死を遂げる。自責の念に駆られる女性。そして、仕事で担当する電車の交通広告に奇妙な染みが見つかって……。

 『火のないところに煙は』は、この第一話「染み」から始まり、「私」のもとに持ち込まれた怪異が五つの物語として綴られていく連作短編集。怪異現象も怖いのだが、何より読者を震え上がらせるのが、「これって実話?」と感じずにはいられないリアルすぎるストーリー展開だ。しかし、芦沢さんはきっぱりと答える。

 「基本的に創作です」

 そして、こう続けた。「小説新潮から怪談特集の依頼を受けたことが、ホラー小説を執筆するきっかけになったことなどは実話。でも、怪異に関する部分はすべてフィクションです」

 この作品は、実際にあったように物語が進む「モキュメンタリー」という手法が用いられている。ホラー映画「パラノーマル・アクティビティ」などが有名で、「ずっと憧れていた。初のホラーを書くにあたり挑戦することにしました」。ただ、単なるホラー小説ではない。「新ミステリーの女王」と称される芦沢さんならではの「ミステリーを核にしたホラー」なのだ。

 「怪異現象自体が謎で、論理的に説明がつかない。でも、だからこそ前段として論理の穴を潰し、きっちりと謎解きのカタルシスを持たせることがホラー小説では大事だと思っていて。その過程でミステリーの手法が役に立ちました」

 たとえば第二話「お祓いを頼む女」。自称「霊感少女」の主婦が、家族を襲う病気や不可解な現象を「祟りだ」と、祈祷師でもなんでもない女性にお祓いをせがむ。主婦の妄言や暴走にある意味恐怖を感じつつ、ミステリーの論理的な謎解きによってもたらされるどんでん返しに、「そういうことだったのか!」と膝を打つ。謎が解けてスッキリし、「結局、人間の心が怪異を生み出すってことだよね」などと分かったような気分でいると、しかし、最後にホラーとしてのどんでん返しを食らう。

 「私の小説って、『最終的に一番怖いのは人間』とか思われがち。今回はその裏をかきたかった」と芦沢さん。「本を読む前と同じ場所には戻ってこられない。そんな読後感を目指しました」

 最終話「禁忌」で、読者はさらに迷宮へと追い込まれる。バラバラに起きた五つの怪異がつながっているかもしれないことに「私」が気づいていくのだ。
「それぞれの登場人物やエピソードが実はつながっていたというのは、連作短編集ではよくあるやり方ですが、それをホラー小説に持ち込むことで、つながっていること自体が怪異となる。なんでつながってるの? という恐怖感を演出することができるのです」

 とはいえ、芦沢さんは当初、最終話を想定せずに5話を書いたという。「読み切りとしても満足できるように、1話1話、球種を変えながら全力投球した自信はあった。でも、1冊の本として見たときに、少し『弱さ』を感じたんです」

 各話から要素を拾ったり、表現を言い換えてみたり。すると、「あれもつながる、これもつながった……と、まるで天啓にうたれたような瞬間があった」と芦沢さん。「主人公である『私』が、なぜあれもこれもつながっているんだろう? と驚いていく様は、ある意味、リアルだったかも」

 それって何かに導かれてるんじゃ?……と、つい訝ってしまう。しかし、ふと目についた本の帯の文言に息を飲んだ。

 「絶対に疑ってはいけないの」