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飛び切り幻想的な謎に魅了 辻村深月さんが小学生で出会った映画「病院坂の首縊りの家」

 子どもの頃、共働きの両親が帰ってくるまでの間、家で父が録りためたビデオをずっと観ていた。
 我が家は父が新しもの好きの凝り性で、ビデオデッキはかなり早いうちにあり、映画なども父がテレビで放送して気になったものを片っ端から録画していたせいでかなりの数があった。父は几帳面な性格だったので、ビデオにはすべてワープロ打ちのきれいなラベリングが。私が好きなものを見られるように、「ドラえもん①」「うる星やつら③」とか子ども用のものもかなり多く録画しておいてくれた。しかし、夏休みなど、家にいられる時間が長くなると、私の興味は自然と大人向けの映画の方にも移っていった。

 市川崑監督の金田一耕助シリーズを小学生の時に全部観た、と言うと驚かれることが多いのだが、そんな経緯で私は「病院坂の首縊りの家」とも出会った。
 父が「金田一耕助①犬神家の一族」「金田一耕助②悪魔の手毬唄」と律儀なラベリングをしていたシリーズの最後。
 その冒頭の謎は、シリーズの中でも飛び切り幻想的だ。依頼人である写真館の主人が、ある夜、空家だと思っていた家に招かれ、そこで奇妙な婚礼写真を撮る。写真が完成し、「病院坂」と呼ばれる場所にあるその廃屋に届けに行くと、するとそこには──。
 観ている間、ずっとゾクゾク、そわそわしていた。これまでのシリーズでもそうだったけれど、私が中でもこの映画が特に好きなのは、この、一夜の奇妙な夢のような感覚が、私がミステリに思う魅力そのものだからだと思う。

 映画の中で、これからしばらく旅に出る、と石坂浩二演じる金田一耕助が作家に告げる場面がある。ああ、これで終わってしまう、名残惜しい、と子ども心にシリーズを追う愉しさと切なさを自分が感じていたこともよく覚えている。遡って母の書棚にあった横溝正史の原作小説を一から読み始めるきっかけにもなった。金田一から別れの挨拶を受けていたあの作家を演じていたのが、原作者・横溝正史その人だったことを知るのは、それからさらにしばらくして、私が大学で推理小説同好会に入った後のことだ。

 金田一耕助シリーズには、猟奇的な場面も多々ある。そのため、子ども時代に観ていたというと驚かれるのだと思うけれど、私はそのおかげで幻想的な謎に魅了され、見立て殺人の芸術的な美しさを知り、それを「美しい」と思える人たちの仲間入りがしたくて、ミステリ作家になりたいと願うようになった。
 すべては、それらを私から遠ざけることなく、勝手に見られるように等しく同じ棚に並べておいてくれた両親のおかげかもしれない。もっとも、彼らがそこまで考えていたわけでは絶対にないと思うけど。おおらかな親でありがたかったなぁと思う。