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「農と土のある暮らしを次世代へ」書評 放射能と向き合った努力の結晶

評者: 寺尾紗穂 / 朝⽇新聞掲載:2018年09月22日
農と土のある暮らしを次世代へ 原発事故からの農村の再生 (有機農業選書) 著者:菅野 正寿 出版社:コモンズ ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784861871511
発売⽇: 2018/07/25
サイズ: 19cm/307p

農と土のある暮らしを次世代へ 原発事故からの農村の再生 [編著]菅野正寿・原田直樹

 原発事故後の福島の自然について、知りたかったことがすべて書いてあった。もっと早くこうした本に出会っていたら、と思ったが、7年という歳月、福島の自然と放射能に向き合い続けた人びとの努力の結晶を目にしているのだ、とも感じた。そこに寄り添った土壌学者野中昌法は、有機農業の可能性を信じ、学者として論文を書くことよりも、福島の農家のサポートに徹することを貫いた。本書は昨年故人となった野中と歩みを共にした人びとによる論考集である。
 除染の名目で環境省から義務付けられて助成金が出た、カリとゼオライトの投入は結果的にセシウムの低減効果がなかったこと、福島の土壌の多くは雲母が含まれており、これがセシウムを土中にとどめ、作物への移動がほとんどなかったこと、川の下流に影響がなかったのは、ダムがその底に大量のセシウムをせき止めてくれていること、里山の汚染対策として木材チップを撒くとそこに生育する菌がセシウムを集めてくれることなど、自然と放射能をめぐる驚かされる話が多かった。
 すべてをコントロールできたわけではない。東和地区は養蚕の時代から受け継ぐ桑畑を守り、再生に取り組んできた。血糖値を下げる特性をうたい、茶やパウダーとして特産品としてきたが、桑はセシウムが出やすく数値は下がらない。結果的にそれを地元の人びとで1万4600本植え替えたというから驚く。「農業と里山を守ってきてくれた先輩たちの思いをここで途絶えさせたくない」という信念、それこそが、事故直後も食べられるかわからない米を作り続けた農家の思いでもあっただろう。結果的に、それが貴重なデータを残していくきっかけになった。「アンダーコントロール」と政治家のうそぶいた言葉とは正反対の誠実さでもって、放射能にまみれた大地をコントロールした農家とそれに伴走した学者たちの物語である。
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 すげの・せいじゅ 福島県生まれ。あぶくま高原遊雲の里ファーム主宰▽はらだ・なおき 新潟大農学部教授。