川本三郎「あの映画に、この鉄道」書評 情感わきあがるローカル線の旅
ISBN: 9784873764610
発売⽇: 2018/10/03
サイズ: 19cm/328,14p
あの映画に、この鉄道 [著]川本三郎
往年の邦画ファンには貴重な宝物だろう。鉄道好きにも垂涎の一冊。そのどちらでもない私をして「持っていたいな」と思わせる本なのだから。
巻末の索引を見ただけで驚く。250作近くの映画の中から鉄道や駅――しかもほぼローカル線――が拾い集められている。
机上で資料を照らし合わせただけならただの労作で終わってしまうが、この著者のすごいところは、自らの足と目と時間を使って、旅を楽しみながら思い出の映像と重ね合わせていることだ。たとえば――。
1951(昭和26)年の「偽れる盛装」のあらすじを紹介したあと「とうとう彼女は電車の踏切のところで追いつかれ、刺されてしまう(幸い命はとりとめる)。この踏切が京阪電車。地下に潜ってしまった現在、こういう場面は生まれない」
あるいは54(昭和29)年の「今宵ひと夜を」では見送りに来た弟が車中の父や兄と窓越しに別れを惜しむ。「土産のまんじゅうと餞別を手渡す。こういうことが出来るのも、窓が開く在来線ならでは。窓の開かない新幹線では名残りを惜しめない」
84(昭和59)年の大林宣彦監督「廃市」のラストシーン。「線路に夏草が茂っているのが、今にして思えば、やがて来る廃線を暗示しているかのようだ」
淡々とした筆致ながらも行間から馥郁(ふくいく)とした情感がわきあがってくる。これは著者の映画そして鉄道への愛が、付け焼き刃の作り物ではなく、心の底から自然ににじみ出てくるものだからだろう。文は人なり、とはよく言ったものである。
昭和は遠く、私たちの暮らしは大きく様変わりをしてしまった。速さや便利さと引き換えに、どれだけ多くのものを失ったか。かくいう私も、失くしたものだらけ。本書に触発されてローカル線の旅、とはいかないまでも、ここに出てくる映画のシーンを想像して、せめて郷愁にひたりたい。
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かわもと・さぶろう 1944年生まれ。評論家。著書に『大正幻影』『白秋望景』『「男はつらいよ」を旅する』など。