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武田一義さんが語る漫画「ペリリュー」 3頭身キャラで描く理由

文:濱田祥太郎 写真:樋口涼

視覚的衝撃を少なく、怖さをしっかり感じてもらいたい

――「ペリリュー」に登場するキャラクターは全員3頭身です。どうしてこの絵柄になったのですか。

 作品には残酷な描写があるので、苦痛なく読んでもらえるようにと思っています。残酷さや恐怖心をあおる演出でみせたいわけではないんです。視覚的な衝撃はなるべくない方向で、でも起こっている事象への恐怖はしっかりと感じてもらえるようにこころがけています。一方で、人間らしいシーンもあります。たとえば、みんなで集まって猥談するとか(笑)。あとはみんな食べるものがなかったのに、缶詰とか米軍から奪ってきて状況が良くなってくると、それを賭け事に使ってしまったり、花札でばくちをして自分の食べ物がなくなっちゃったり、とっても人間臭いですよね。同時に、戦闘状態もずっと継続している。そういうのが一緒にあるというのが面白くて。(デビュー作の)「さよならタマちゃん」も病気の話で、読むのがしんどいこともあるから、なるべく絵柄で緩和させて、かわいい絵柄で読んでもらおうというのがありました。

©武田一義/ヤングアニマル連載

――「タマちゃん」は武田さんの闘病体験をつづった作品です。ご自身に末梢神経障害の後遺症が残っているという話も紹介されていました。これも作画に影響しているのでしょうか。

 ありますね。タマちゃんの絵柄をつくったとき、漫画を連載していくのは時間との勝負のところもあるので、それが無理なくできる絵柄にしたいというのもありました。僕は以前に「GANTZ」の奥浩哉先生のアシスタントを務めていて、リアルな絵柄でやっていたんですが、そういうのは無理だなと。描こうと思えばできますが、前のようなスピードではできない。日常生活に重大な支障がでるわけではありませんが、前と違って手の感覚が若干鈍かったり、手に力が入らなかったりはあります。だんだん感覚がなくなってくることもあるので、ある程度やったら休みをいれたりしています。

――「ペリリュー」も「タマちゃん」も、普段は体験できないこと読者にわかりやすく伝えているように思います。

 そこに、ものづくりのおもしろさを感じています。周りの同世代の友達は僕ががんになっても、「もしかしたら自分もがんになるかも」とは、あまりリアルに感じていません。僕も35歳でがんの闘病をするなんて少しも思いませんでした。それは良い悪いではなくて、普通のことです。でも、がんになった僕を主人公にして漫画に描くと、僕が話しても伝わらなかったことが、いとも簡単に伝わってしまう。とてもすごいことだなと思っていて、せっかくこんな風に伝える力があるなら、普通に会話しても伝わりにくいことも、もっと伝えていきたいんです。当事者の身になって体感することとか、病気だとか戦争を、その登場人物たちのいろいろな視点から眺めることが漫画は無理なくできます。それができるのならば、挑戦したいと思いました。

――単行本は6巻まで発売され、日本漫画家協会賞を受賞しました。反響をどう受け止めていますか。

 どれだけ頑張っていいものにしても、つらい話というのは変わらないので、はじめは売れないかもしれないけどやってみようという気持ちでした。でもやってみると、結構みんな真剣に考えて読んでくれていました。実はこういうものを読みたい、機会さえあれば知りたい気持ちがあったんだなと感じました。

――なぜ多くの人に受け入れられたのでしょうか。

 「知らない」ことが根底にあるんだと思います。でも知らないことを「教える」漫画ではなく、知らないことを腑に落ちるように、「体感させられる」ように意図して描いて、それがうまくいっているのかなと思います。漫画として楽しんでもらっているというのはすごくうれしいです。

――以前、「戦争という重いテーマを商業ベースで成立させたい」という話をしていましたね。

 「戦争を語り継ぐ」ことを堅苦しくしたくないというか、もっと自然に楽しみながらというのはおかしいけど……基本的に学ぶことは楽しいことじゃないですか。でも、たとえば僕自身もこどもの頃そうでしたが、お年寄りから昔の戦争の苦労話を聞かされると、戦争を知らず豊かな生活をしている自分がとても申し訳ないような気持ちでいたたまれなくなる。それで勉強することが苦痛になってしまうのを取り払いたかった。もっと自然とすっと入ってくる、あまりネガティブさを伴わない、学ぶ機会にできたらと思いました。

 でも実際どこまで描けるか、はじめはわかっていなくて、たとえば人肉食は表現としてはタブー視されているところもあり、どこまで描けるかなって。作品のなかに絶対入れたかったたけど、でもどこまで描けばいいのだろうかというのはずっと悩みながら作品を進めてます。読者さんって本当につらいものって、やっぱり見るのをやめてしまう。でもつらいことも描かなければいけなくて、そのさじ加減というか、読者さんとの綱引きです。一話描くたびに緊張感があります。でもそれを読んでもなお、そこで読むのやめられないように頑張ってやってる感じです。

戦時下における極限状態の人間を描きたい

――そもそも作品を描くきっかけはなんだったのでしょう。

 前作の連載が終わって次の連載を考えていたとき、白泉社から戦後70周年で戦争の読み切りを集めた雑誌を発売する企画があると、お声掛けいただきました。その監修者が「ペリリュー」でも原案に協力してくれている平塚柾緒さん。僕は戦争のことに詳しかったわけではありません。平塚さんから話を聞いたり本を読んだりするなかで、もっと長く描きたいという気持ちになって、連載をやらせてもらえないだろうかと出版社に伝えたら応じてくれました。取材をはじめて、「10年後はできない。今しかできないことをこれからやるんだ」というのを感じました。体験された方が高齢になっていて、僕が取材した帰還兵の土田喜代一さんも昨年お亡くなりになりました。

――もともと戦争を題材にした漫画を描きたいと思っていたのですか。

 「戦争」というテーマには興味がありました。極限状態で、人間を描くのに深い表現ができると思いました。作家的な興味ですね。僕も含めて若い世代は戦争経験がないというのが一番大きい。兵士たちはどういう気持ちでそこにいたのか、大前提として取材をして事実に近づけたうえで、想像力を膨らませて描くことは、作家としてやりがいのあることだと思いました。

――「戦争を語り継ぐ使命感」のようなものより、戦争をどう描くのかに興味があったのですか。

 そうですね。初めにあったのは使命感ではなく、いい作品ができるはずだという作家としての直観と、挑戦したいという気持ちですかね。でも作品を描き進める過程で戦争を体験した方や遺族の方に話をきいたり、読者の意見を聞いたりして使命感は大きくなってきました。「この作品をみて戦争を知った」というのもあったりして。

――取材はどうやって進めていきましたか。

 平塚さんが昔取材したテープを聞いたり、書籍を読んだり、米軍の写真を見たり、はじめは平塚さんにすべて持っているものを見せてもらいました。連載はその状態でスタートしたんです。でもはじまると、もっとディテールを知りたいということで現地に行ってみたり、生還者の土田(喜代一)さんと連絡をとって話を聞かせてもらったり。作品を進めながら、もっとちゃんと描くために必要だと思うことを取材させてもらってます。平塚さんの本では、そこにいた人たちのささやかな日常はあまり描かれていませんでしたが、漫画ではすごくいい材料になりました。

――作品を描くにあたって、かなり勉強時間も必要だったのでは。

 読み切りを描くまでに1か月くらい本を読み漁って、描き終わった後に1、2か月くらい本を読み漁ったという感じですね

――取材が難しいときもありましたか。

 取材が難しい方もいました。「戦争を体験していないあなたがなぜ戦争をかけるのか。漫画というのは軽いと思う」といわれました。僕としては、快くいろいろなことを話してくださる方も、貴重な取材ですし、お断りされるのもそれ自体貴重な取材でした。描き始めた当初、 僕はペリリュー島に行ったわけではないし、兵士の遺族でもない。そういう僕がペリリュー島に興味をもって漫画を描いている。実際の遺族や生還者がどういう気持ちでいるか、不安はありました。

――作品を描き進めるなかで、「使命感」のようなものは出てきましたか。

 責任感みたいなものはあります。描かなければならないことですね。たとえば、日本兵が米兵の死体を損壊していたり、米兵が日本兵の損壊していたり、決してかっこよくない部分みたいなところをちゃんと描かねばならないと思っています。それが現実ですから。

――題名に込めた思いを教えてください。

 「ペリリュー」は天皇陛下の慰霊訪問があったとは言え、まだまだ知名度は低い島だったので、戦争が題材の漫画であることが分かるようなサブタイトルを加えようと考えたのが「楽園のゲルニカ」です。楽園は南の島ペリリューを暗示しています。ゲルニカはスペインの街の名ですが、日本人には戦争の惨禍を描いたピカソの絵の題名として有名かと思います。主人公が絵を描くことから、このゲルニカを戦争を想起させるために使いました。

©武田一義/ヤングアニマル連載

リアリティを体感してほしい

――作品を描く上でリアリティは大事だと思っていますか。

 はい。漫画を読むことで疑似体験した気持ちになってほしくて、そのためにはリアリティも必要だと思っています。主人公に感情移入して、その場にいるかのように感じてほしかった。頭で考えるのではなく、体感してほしかった。主人公の感じていた空気感も感じてもらえたらなあと。それをさせられるのが、漫画の一番いいところだと思います。記録としての活字を読むというより、よりダイレクトに戦場を感じてもらえる力が漫画にはあると思ったので、そういう臨場感を出すのにリアリティが必要だと。それは、状況の描き方だけではなく、その場にいる人の感情を含めてのリアリティです。

――登場人物に実際のモデルはいますか。

 ペリリュー島守備隊長の中川洲男大佐だけで、あとは現実のモデルはいないですね。僕がいろんな体験談を読んだり、実際の話を聞いたりして「こういう人がいるかもしれない」という感じで描いているのですが、実際にどなたかをモデルにしたということはありません。ただ、米軍の食料を奪取したり、遺体を損壊したりというのは証言や資料にそって描いています。

――作品にはトランスジェンダーと思われるキャラクターも登場します。

 話はさかのぼりますが、主人公の田丸を漫画家志望の青年にしたのは、戦争と直結しないパーソナリティをもった主人公像がほしかったからです。僕らは日本の兵隊さんを想像するとき、お国を守るために戦地で戦って命を落としてしまうというのは想像するけれど、兵隊じゃなかったときの職業をあまり想像しないですよね。ペリリューという作品を読んで、1万人の日本軍は、1万通りの別の人生が集まった集団だという想像が働くようになると、とても素敵だと思います。田丸だけでなく、そのキャラも同じような思いで描きました。戦場にはいるけど、勝った負けたということが、最も重要な彼のパーソナリティではないということです。

――主人公の田丸を「功績係」にしたのはなぜですか。

 取材をしてみるまで、功績係を知らなかったんです。でも仕事の内容を見て「腑に落ちた」という感じです。戦死した人の亡くなり方を、家族に受け入れやすいように描くことってあるのだな、と。でも戦争に関する情報は世の中にありますよね。その情報への触れ方、見方が功績係の役割を知ると僕のなかで変わりました。もしかしたら文献や証言も本当ではないのかもしれない。驚くと同時に腑に落ちたので、それをどうしても伝えたいなと思った。

――ペリリューを描くにあたって参考にしたほかの漫画などはありますか。

 参考というか、戦争を題材にしている「ペリリュー」以前の作品はあらかた読みました。 昔の作品は、本人たちが体験しているというのが一番大きくて、その時代に生きている人たちが描いている説得力は、若い世代の作家には乗り越えることができない。代わりに何を入れるかは、みなさんそれなりに知恵を振り絞ってやっています。たとえば、こうの文代さんの『この世界の片隅に』は戦争を描いているけれど、戦争を中心には描いていなくて、主人公の身の回りの生活を描くことで間接的に戦争を描く手法です。

 昔の戦争漫画であったら主人公は吉敷(田丸と行動を共にする同輩)だったかもしれないと思うんですよ。でも田丸みたいな、目の前に敵がいるときは敵を凝視するのではなく、きょろきょろしちゃって全体をみるような、戦場にいるのに戦争に集中していない主人公は現代人が感情移入しやすいのかなと思っています。それも平塚さんの話を聞いて、実際の戦場にいた人たちが今のぼくたちとあまり変わらないところがあるなと思えたので、そういう風になりました。

――物語の冒頭、「ここに祖父がいた」と話す人物が描かれています。田丸の孫ですか。

 登場人物の誰かの孫という設定です。作品が進んでいくと、いずれ読者にはわかります。いまもう高齢になってしまって人数は少ないですが、戦争から帰ってきた人はたくさんいました。それが僕らのおじいちゃんであったり、ひいじいちゃんの世代。戦争は、間接的に僕らの世界とつながっています。そのことを読者さんにもっと届けたい。「これは70数年前の戦いの話だ」とはじまって、終わり方は、僕らの生きている現代とつなげたいと思います。描いているうちに変わってくるとは思いますが、10巻、もしくは11巻で終わりかなと感じています。