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その新人作家「住所不定」の破天荒 赤松利市さん「ボダ子」

かつては年収2千万円 漫画喫茶で執筆

 「住所不定」。公表されている経歴にギョッとする。本人に確かめると、月決めで借りた東京・浅草の漫画喫茶で生活しているという。「書くことしか、他に余生でやりたいことがない」。オールバックの髪形に黒いサングラス。こわもての外見で、一言一言、言葉を選びながら、物静かに語る。

 作品世界は、壮絶な人生から生まれている。今年4月に出した自伝的小説『ボダ子』(新潮社)で、その一端をのぞかせる。結婚と離婚を繰り返した女性関係のこと、宮城で津波避難タワー建設へ奔走した時のこと、境界性人格障害を抱えた娘のこと――。「自分のことを捨て身で書いた」 

 香川・小豆島生まれ。大学卒業後、大手消費者金融に入った。上場の準備を担当して、朝9時から翌朝4時まで働き、寝るのは会社近くのサウナ。およそ半年そんな生活を送った。「部下を何人も病院送りにしてしまった。私も燃え尽きてしまった」。会社を辞めた後、ゴルフ場の芝生管理の仕事に就き、35歳で独立。年収は2千万円を超え、妻子がいながら愛人にうつつを抜かした。しかし、やがて仕事も家庭も破綻(はたん)した。

 東日本大震災後は計5年、東北にいた。宮城で土木作業員、福島で除染作業員をした。だが被災地の仕事も行き詰まり、東京に来た時の所持金はわずか5千円。1年ほど前は、風俗店の呼び込みなどで命をつないだ。「どん底の生活だった」

 ただ、根っからの活字中毒は変わらなかった。小説だけは買い、月40~50冊を読み続けていた。「路上で寝れば、本を買えるなと思った」。食事中でも、トイレでも、読書するのに場所は問わない。とくにお気に入りは信号待ちの時間だ。

 そんな暮らしは昨年、大藪春彦新人賞を受賞して変わった。「このままで終わりたくない」。投稿を思い立ったのは、締め切り1週間前。漫画喫茶で短編「藻屑蟹(もくずがに)」を書き上げ、作家の道を切り開いた。

金と色に狂った人間、書き続けたい

 「自分は金に狂った人間でした。からっぽな人生でした」。そんな自身の半生と重ね合わせ、デビュー作から金もうけで身を滅ぼす人間たちを描いてきた。

 山本周五郎賞の候補作となった『鯖(さば)』は、鯖の一本釣り漁師が主人公。極貧にあえいでいたが、突如、IT会社社長とそのビジネスパートナーで中華系カナダ人の美女が登場。鯖のへしこを中国で売る巨額ビジネスが舞い込み、漁師たちは変わっていく。

 自身が暮らす浅草に観光で訪れるおびただしい中国人からも想を得た。「高度経済成長期の日本人と似ている。明日を疑っていない顔をしていた。今の日本人とは全然違う」

 山本賞の選考会では次点だったが、選考委員の石田衣良さんは「新人賞がもしあったら全員一致で『鯖』を推していた」と絶賛。「この10年間では読んだことがないくらい、先祖返りしている小説だと思う。80年代の冒険小説ブームの頃、毎年出ていた本につながる、不思議な魅力のある小説」と選評した。

 デビュー作に加筆して書籍化された『藻屑蟹』(徳間文庫)では、福島を舞台に不当な扱いをされる除染作業員など、復興関連のお金に翻弄(ほんろう)される人間を描いた。同時に、補償金が支払われている原発事故の避難者たちに対する、複雑な住民感情にも触れた。

 故郷を追われ、今も苦しんでいる人は数多い。批判を覚悟して書いたのかを問うと、「自分の目で見た、ほんまにあったことだから書きました。ただ、刻々と変わる状況は甘くない。東北を離れてから数年が経ち、東京にいる今は怖くて書けません」。
 『藻屑蟹』に、作家としての決意をこう記した。

 〈たとえ将来、路上に帰らざるを得ないほど困窮しても、日銭仕事に執筆の時間を犠牲にするくらいなら、わたしは、何の躊躇(ちゅうちょ)もなく路上に帰ります〉
 今は1日のうち、15時間ほどは執筆にあてる。400ページの長編も、1カ月ぐらいで初稿を書き上げる。

 目標とする作家は車谷長吉さんだ。「昔と比べたら、稼ぎはわずかです。しかし、今が一番、生きている感じがするんです。金と色に狂った人間をテーマに書き続けたい」(宮田裕介)=朝日新聞2019年5月29日掲載

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