東日本大震災の被災者や震災後に現地で活動する人々の言葉を集めた「震災文芸誌」ができた。文芸評論家の藤田直哉さんが編者の『ららほら』(響文社)だ。細やかな感情に向き合った一冊には「震災の語りが自由にできる場になれば」との思いが込められている。「創刊号」と位置付け、数年以内に続編を出す考えだ。
「震災で変わってしまった人生観や死生観、人びとの心の奥底にある言葉を丁寧にすくいたいと考えた」。藤田さんはそう語る。藤田さんが被災地の取材で出会った人たちら13人が手記や体験記などを寄せた。岩手県大船渡市でクリーニング店を営んでいた女性や、被災地で聞き取りを続ける東北学院大学(宮城県)の金菱(かねびし)清教授、福島県在住の地域活動家の小松理虔(りけん)さんらだ。約2年前にクラウドファンディングで経費の一部を調達し、4月末に刊行した。
東日本大震災から8年がたった。「当事者が震災を語る時に、熟した言葉が出るには初期の段階」と藤田さんは考える。ステレオタイプな言葉に縛られてしまったり、思いが届かない無力感があったり、不謹慎であると抑制したり。震災を考え、表現することは先の大戦や公害問題などと同様に今後も長く続くとみる。
文体や体裁はバラバラ。改稿の提案も極力しなかったという。「書き手は苦痛を伴って書いている。生煮えでわかりにくい部分は、心理的に回避したことでもあるからそのまま載せた」
震災で家族を失ったことは不幸だったが、同時に解放感があったという心情や、キリスト教信仰者として神への疑いが生じたという告白も掲載した。「読者が置いていかれるような複雑な現実を許容する場でありたい。先入観を覆す『生々しい事実』が出てくれば文学性も宿るかな、と」
本という媒体を選んだのには理由がある。SNSなどネット上では、原発を語る時など、特定の立場からそれとは異なる人の選別がされがちで、熟議が難しいと感じるからだ。「言葉を本に潜ませてストックしておけば、次の災害が起きた時のためになる」(宮田裕介)=朝日新聞2019年6月19日掲載