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柔道・金メダリスト鈴木桂治さん 「新宿スワン」で描かれたすさまじい執念は勝負にも不可欠

文:熊坂麻美、写真:樋口涼

マンガの中の「強くて、いい奴」は、理想だから魅力的

――『新宿スワン』は歌舞伎町の裏社会を描いた作品。スポーツとは真逆の世界ですね。

 自分がいる場所とはまったく違いますが、人間の欲望が渦巻いてドロドロした感じはすごくリアルというか身近というか、そこが面白いですね。僕はもともと本だと馳星周さんや大沢在昌さんとか、ハードボイルド系の作品ばかり読んでいて、ヤクザやマフィア、警察の戦いが大好きなんですよ(笑)。

――そういわれると、鈴木さんのイメージに近いような気もします(笑)。その三者の戦いの、どのあたりに惹かれるのですか?

 はらはらドキドキする感じですね。「次にどうなるんだ!?」と5行先を読みたい気持ちをぐっとこらえてストーリーを追っていく。その感じが好きです。現実的なようでいて、やっぱり僕らの想像を超える世界。現実と非現実の狭間のような内容に惹かれます。裏社会の意外なカラクリを知ったり、伏線の回収など作者の方の頭の良さにしびれることも多いです。「そう来たか!」みたいな。『新宿スワン』もそういう面白さがあります。

――『新宿スワン』のなかでとくに好きなキャラクターは。

 真虎(まこ)です。僕は表立って活躍する人にはあまり興味がない。サッカーならシュートを決めるよりアシストする選手のほうがカッコよく感じますし、裏でゲームを動かしているような人間に惹かれます。真虎は『新宿スワン』のなかで、まさにそういう存在。一見穏やかだけど、一番腹黒いというか冷徹で、恩人を殺された復讐をするために何年もかけて周到に相手を追い込んでいきます。

 途中で復讐相手の一人である社長を好きになってしまうんだけど、それでも真虎は殺した。憎悪と許しの間で葛藤しながらも、最後まで復讐を成し遂げるという流れに圧倒されましたね。この作品は前半がスカウトやホストの話でそれも面白いけど、後半で真虎の目的がはっきりしてきたあたりから一気に物語が進んで、読み応えがあります。

――真虎が天野修善に復讐を果たすシーンは、ちょっと鳥肌が立ちました。

 「オマエを殺すのに武器はいらない。言葉で死ね」というセリフなんて、まったくもって僕らには想像できない感情ですよね。真虎の執念のすさまじさもそうだけど、復讐を貫かせた作者の執念も伝わってきました。作者の和久井さんは本当にすごいと思います。

「新宿スワン」38巻、P190より ©和久井健/講談社

――真虎を慕う主人公のタツヒコも魅力的です。頭はあまり良くないけど、お人好しで正義感が強くて。

 タツヒコが裏切られたり騙されたりして、いろんな経験を積んで成り上がっていくところも、この作品の見どころですよね。タツヒコは自分がスカウトした女の子を絶対に食い物にしない、守ってあげながらお金を稼がせる。そういった自分の信念を貫き通すところは真虎と同じだし、この二人の師弟関係はすごく理想的で、うらやましく思います。

――タツヒコはケンカが強いけど、相手を思ってとどめをさせなかったりもします。そういうところがちょっと武士っぽいというか、柔道家のイメージと少し重なるような気もしました。

 柔道は人を思いやることや、相手に対して尊敬の念を持つことが大事だと言われています。相手を尊敬するには、まず相手を知らなければなりません。タツヒコもそれに通じるところはありますね。女の子に対しても、同僚や敵対する相手に対しても、その人の置かれた状況や考えを理解したうえで、向き合う。それが彼の強さなんだと思います。

 でも柔道でいえば、相手への配慮を重んじる一方で、勝たなければ強さではないという部分も絶対的にある。勝つためには、ときには感情を殺すことも必要です。「強くて、いい奴」というのは、マンガならではの理想だと自分は思っています。でもそれがマンガの魅力。たとえば、『WORST(ワースト)』とかもそうですが、強くていい奴が出てくるマンガが僕は好きなんです。

――『新宿スワン』を読んで影響されたことって、何かあったりしますか?

 マオカラーでしたっけ、真虎がよく着ているスーツ。あの襟の形のシャツを作りました(笑)。1年くらい前かな、シャツをオーダーするときに、真虎と同じやつを作ってみようかと思いまして。でも全然似合わなかった。あの襟は体がデカいとダメなんですね、真虎のようにシュッとした人じゃないと。一度も着てないです(笑)。

――けっこう最近ですね。今もマンガはよく読んでいるんですね。

 家のトイレにたくさん置いてあるので、毎日読んでいますよ。『あずみ』『WORST』『ボーイズ・オン・ザ・ラン』とか。今は『岳』を読んでいるところです。いい気晴らしになります。

「重量級の金メダル」が自分の大きな使命。

――鈴木さんは先日の「全日本実業団体対抗大会」で7年ぶりに実戦復帰をされました。国士舘大の教え子から誘われたのがきっかけということですが、試合までどんな気持ちで臨まれたのでしょうか。

 監督業がありますから、練習はまったくできなかったんです。そんな状態で試合ができるのか、そんな自分が出て柔道をなめていると思われないか、そこはやっぱり心配でした。チーム(国士舘大学柔道クラブ)は優勝を目指していたので決勝戦を含めて6試合想定していて、自分は2試合くらいやって後輩と交代するつもりでした。でもいざふたを開けたら、マスコミの過熱ぶりもあって決勝まで出ないわけにはいかなくなって。

――それだけ鈴木さんの試合をみんなが見たかったということですよね。試合は4回戦までは1本勝ち、準決勝、決勝は引き分けでした。畳の上に立てば体が自然と動くものなのですね。

 正直、練習をしていない自分が勝ってしまうのは良くないだろうという、複雑な気持ちはありました。体は予想以上にしんどくて、普段の積み重ねがどれほど大事か改めて痛感もしました。唯一よかったと思うのは、喜んでくれる人が多かったこと。嫁さんや子供が本当にうれしそうでしたし、うちはフレンチブルドックを飼っているのですが、その仲間たちや国士舘の学生たちも応援にきてくれて。「鈴木の試合を見たい」と思ってくれる人がいるのは、うれしいものです。でも、これが最後。二度と試合には出ません。

全日本実業団体対抗大会、決勝でのひとまく ©朝日新聞社

――普段は国士舘大の柔道部監督と全日本男子のコーチを兼任されています。大学と全日本ではアプローチは違うと思いますが、指導するときに大切にされているのはどんなことですか。

 全日本の場合は意識が高く実力を持った選手が相手なので、勝つための戦略や情報、技術的なことがポイントになります。大学では「日本一」を部の目標にしていますが、104人いる部員のすべてが選手として日本一を目指しているかというと、そうではないんです。でもどの学生にも長所や特徴があるので、それを生かしてチームでの役割を見つけられるように、指導しています。全員を同じ方向に向かせるには、ひとりひとりがチームに欠かせない存在という自覚を持つことが大切になりますので。

――全日本では、かつてのライバルである井上康生監督と一緒にチームを率いています。

 井上監督の柔道は“井上康生らしい”緻密な考え方があって、大学の監督としても勉強になります。そういう意味でも、現役時代に一番倒したい相手だったという意味でも、井上さんと一緒にスタッフとしてオリンピックという大きな目標に向かっているのは、すごく刺激的です。

――現役時代に一番印象に残っている試合を挙げるなら、やっぱり井上さんとの対戦ですか?

 今でも鮮明に覚えているのは、2003年の全日本選手権の決勝です。井上さんに思いっきり投げられて負けたんです。あれだけの観客の前であれだけ叩きつけられて、あれだけのガッツポーズをされて。勝ち負け以前に、あんなに屈辱的な試合はなかった。

 当時、井上康生は“正義”で、自分は正義を倒そうとする悪役的な存在でした。この全日本の3週間前の試合では自分が勝ったのですが、そのときも「井上が負けた」と騒がれ、全日本で自分が負けたら「やっぱり井上が勝った」となって。最後は正義が勝つというストーリーができていて、それがめちゃくちゃ悔しかった。自分は敵が多いほど燃えるタイプ。このときに喜んでいた人間を黙らせてやると、ずっと思ってやってきました。

――翌年の2004年の全日本選手権では井上さんに雪辱を果たして優勝しました。その勢いがアテネオリンピックにつながったというのはありますか。

 それは間違いなくあるでしょうね。

――2004年のアテネでは金メダルを獲り、2008年の北京では初戦敗退と、明暗が分かれる結果でした。鈴木さんが思う、オリンピックで勝つための「鍵」とはどんなことでしょうか。

 これ、というのはないと思います。アテネと北京で自分の何が違ったのかと考えても、よくわからないですし。金メダリストを並べて共通点を探したとしても、たぶん見つからないと思う。でも僕個人として大事だと思うのは、執念。ありきたりですけど(笑)。あとは、「人と違う」ことがすごく強いと思います。うまく説明できないのですが、「こいつ、勝つだろうな」という選手はね、やっぱりいるんですよ。

――まとっているオーラが独特、みたいなことですか?

 たとえば、常に殺気立っている選手より、何を考えているかわからない選手のほうが不気味で怖いんです。それに、言葉もあります。優等生的な発言や取り繕ったインタビューを聞くと、これじゃ勝てないだろうなと思いますよ。そういう選手ほど「俺はよく頑張っている」と思っているもので、自分をギリギリまで追い込めていないことが多いんです。最近は守りに入る選手が多いけど、人間としての個性やおもしろさって、勝負の上でも大事な要素。少なくとも“いい子ちゃん”じゃ勝てないです。

――「人と違う」選手を挙げるなら、どなたでしょうか。

 日本代表クラスの選手はある程度、みんなそうですよ。でもとくに大野(将平)は独特の自分の世界を持っています。周りに流されたり、誰かの顔色を窺うようなことは絶対にない。そういう意味では、人と違うというのは「自分が確立されている」ことに置き換えられるかもしれません。どんな状況でも自分を貫けるっていうのは、相手や雰囲気にのまれないことにもつながりますし、そういう選手はオリンピックでも強いと思います。

――あとは『新宿スワン』の真虎ばりの執念ですね。

 これは本当に、真虎のような「怖いほどの執念」がないと世界で勝つのはむずかしいと思います。日頃は自分に対して、試合では相手に対して、ある意味残虐なくらい追い込んでいく。選手にはそういう勝利への執念を持ってほしいです。勝つためには「いい奴」である必要はないですから。

――前回のリオオリンピックは、鈴木さんにとってコーチとして臨む初のオリンピックでした。緊張感は選手のときとは違うものでしたか?

 すさまじく緊張しました。たぶん選手のときよりも。舞い上がっていないつもりでしたが声も出なかったですし、オリンピックの空気はコーチとしての自分にも重く感じられました。「全階級金メダル」という目標は叶いませんでしたが、自分が見ている重量級でいえば100キロ級の羽賀(龍之介)が銅、100キロ超級の原沢(久喜)が銀と、なんとか踏ん張ってくれた。

 でも、重量級は金メダルがもっとも求められる階級。2008年の北京で石井(慧)が獲ったのを最後に遠ざかっているので、東京オリンピックで「重量級の金メダル」は日本柔道界の悲願であり、僕の大きな使命だと思っています。

――8月下旬から東京で世界選手権も開催されます。来年に向けて、いよいよという感じになってきました。

 世界選手権はオリンピックの前哨戦という捉え方をされますが、選手はここで結果を残すことでオリンピックへの道が開かれますし、海外の選手も照準を合わせてくると思うので、非常に面白い大会になると思います。自分としてもまず世界選手権で「重量級金メダル」を叶えてオリンピックに臨みたい。そして、ゆくゆくは国士舘大から日本代表選手が出るように、高い目標を持って指導していきたいです。