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中村文則さん「自由思考」インタビュー 底が抜けた政治、危機感を言葉に前へ

中村文則さん

 『自由思考』は中村さんにとって初めてのエッセー集。2002年のデビュー以降、様々な媒体で書いてきた。東日本大震災の5日後に依頼を受けた福島の地元紙・福島民報への寄稿、憲法9条について8ページに及ぶ論考など、書き下ろし3本を含む111本。結果的に3分の1近くを政治や社会問題がテーマの文章が占めた。

 「不惑を前に僕たちは」(16年1月)は反響の大きかった朝日新聞への寄稿だ。学生時代、第2次世界大戦の日本を美化する友人に異論を返すと、「お前は人権の臭いがする」と彼はひどく嫌な顔をして「俺は国がやることに反対したりしない」「国がやることに反対している奴(やつ)らの人権をなぜ国が守らなければならない?」と言ったエピソードを紹介。「人は自己を肯定するため誰かを差別し、さらに『強い政府』を求めやすい」とつづった。「強者目線でものを言う人が増えていると感じています」

 毎日新聞地方版の連載「書斎のつぶやき」では、政権への批判を真っ正面から訴えたり、名作のパロディーにのせて皮肉ったり。「難しいことを難しく語る必要もあれば、ふざけた笑いで読者の心に入っていくときも必要だと思うから」
 連載の1編「底が抜けている」(18年5月)は、森友・加計問題、伊藤詩織さんの性被害告発、財務事務次官のセクハラ、と重大な事案が相次ぎながら、政治家の言葉の無責任さが際だつ現状を「底が抜けたものすごい事態」と批判した。政治家に対して、現状に甘んじている社会に対して、言葉は厳しくなる。

 「言葉がないがしろにされていることに危機感を持っています。残念ながら、事態はひどくなっている。しかし声を上げる人がいなければ、みんながもっと萎縮してしまう。自分に黙るという選択肢はなかった。即効性のあるブレーキにはなれなくても、まずい方に進んで行く速度を少しは落としている、と信じたい」

 読書案内もこの作家らしい。気分が落ち込んでいるときに読むなら太宰治、「トカトントン」は「虚無に襲われる」のがいいそうだ。ドストエフスキーは「現代への宿題の書」。暗い子供だった、と書く。表面上明るく振る舞う演技に疲れ、高校に行けなくなったとき、「そこで出会ったのが文学だった」。

 小説を読むことで救われてきた。「社会から外れて生きてきたという自覚があるし、そもそも人間社会に不信感がある。この世界を無条件では愛せないから、危機感を言葉に出して、少しでも理想に向かっている過程にいなければ、僕は生きていけないのでしょう」

 タイトルに願いを込める。「生きづらいと思っていた自分の本を読んでくれる人たちがいる。今の日本で自由はどんどんなくなっていくけれど頭の中は自由です。少しでも生きやすくなれば、と思う」(中村真理子)=朝日新聞2019年7月31日掲載