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星野源さんの文章はどうして共感を誘うのか? 「文芸オタク」の三宅香帆さんが「バズる」秘密を解説

文:小沼理、写真:山田秀隆

文豪達の文章も、バズって残ってきた

——村上春樹さんや恩田陸さんといった現代の作家から、森鴎外や谷崎潤一郎などの文豪、さらにはこんまりさんや元SKE48の松井玲奈さんまで。『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』では、幅広い人の文章を取り上げて、「読みたくなるからくり」を解説していますね。

 良いと思える文章なら、作家も芸能人もブロガーも関係なく紹介したいと思っていました。私自身がもともと、今のネット上で読める文章も古典の名作も同じように読んでいるからかもしれません。

 今でこそ文豪と言われている作家も、新聞や雑誌の連載で文章がバズったから名前が残っているはず。そう考えるとなんだか身近に感じられてくるし、誰がいつ書いた文章でも面白いものは面白い。そのことを伝えたかったので、幅広い人選は意識していましたね。

——50人近い方の文章を取り上げていますが、最初に紹介しているのが人気占い師のしいたけ.さんの文章です。このことからも、「文芸オタク」だけを対象にしているわけではないのが伝わってきます。

 今は本をあまり読まない人でも、ネットの記事を読んだり、SNSに投稿したり、文章にたくさん触れていますよね。それと同じで、文章は作家や読書好きだけのものではないので、いろんな人に手に取ってほしいと思っていました。それに、しいたけ.さんの文章ってすごいんですよ。しいたけ.さんの占いを読むと、いつも内容よりその文章が気になっちゃうんです。

 本の中で取り上げたのは、しいたけ.さんが合宿に参加した時のことを書いたブログです。しいたけ.さんは記事の冒頭で、合宿に参加した理由を「合宿ってポロリが多いんですよね」と書いています。そして読者に「合宿? ポロリ? えっ?」と思わせておいて、その直後に「ポロリとは何かについて説明したいんですけど、」ときちんとフォローを入れます。つまり、読み手が引っかかる言葉を使う→その引っかかりをやさしく取り払う、という工程を踏んでいるんです。

 占いでもブログでも、しいたけ.さんの文章は読者をひとりぼっちにさせないんですよね。飽きさせないように、不安にさせないようにという気遣いが張り巡らされていて、本当に惚れ惚れします。2019年、後世に残すべき文章を書いているのはしいたけ.さんだ! という気持ちで紹介させていただきました。

「バズる」の定義を変えてやりたい

——解説されると「自分も真似してみようかな」と思えてきます。ところで、この本では「バズる文章」を一般的な「一時的に大きな話題になること」という意味ではなく、三宅さん独自の定義付けをしていますよね。これはなぜでしょう?

 ツイッターでエゴサーチしていると、まさに「一時的に大きな話題になる」技術を求めて手に取ってくれた方を見かけます。「思ってたのと違った」という意見を見ると「マジごめん……!」と思います(笑)。だけど「こうやって文章を書くのが正解」なんてことは言いたくありませんでした。

 拡散を狙ったいわゆる「バズる文章」って、どれも似てるなって思いませんか? 私はネットを見ながら「文体ウォッチング」をするのが趣味なのですが、好きなブロガーさんがいつの間にか「バズる文体」に寄ってしまうことがよくあって。バズらせようとするあまり、その人の良さが失われて、文章が画一的になっていくことに憤りを覚えていたんです。だから「バズる」の定義を変えてやりたいな、と思っていました。

この本の目的は、
 1、(文章の終わりまで読もうかな)と思ってもらう。
 2、(この人いいな)と思ってもらう。
 3(広めたいな)と思ってもらう。
そんな文章を書けるようになることです。(『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』より)

 それに、いわゆる「バズる文体」だと読者がつかなくて、一時的なもので終わってしまう可能性もある。自分の文体を作っていったほうが、最終的には文章がたくさん読まれるはずです。文章の正解は一つだけではありません。「いろんな良い文章を紹介したから、この中から自分に合う文体を選んでくださいね」と思っています。

文体を意識すると、文章がもっと味わい深くなる

——ほどよくひらがなを交ぜることで親しみやすい印象を与える「向田邦子の柔和力」、言いたいことを力強く断言しつつもアンチへのフォローも欠かさない「こんまりの豪語力」など、すぐに真似できそうな例がたくさん載っていますね。

 この本では「文章の内容には触れず、文体だけを解説する」ことを大切にしました。なぜなら、内容は文章を書きたい人が自由に決めることだから。書きたい内容をどうすれば人に読んでもらえるか、迷った人が参考にできる作りにしていますね。

——内容ではなく文体の話に徹しながらも、その作家性が浮かび上がってくるものもありました。たとえば「星野源の未熟力」などは、星野源さんの文章がどうして読み手を共感させるのかを、文体から解き明かしています。

 文体って内容に比べると軽視されがちですが、そこに作家性が色濃く出ていることも多いです。同じ内容だったとしても、書く人が違えばまったく違う文章になりますから。だからこの本はバズる文章の仕組みを示した本であると同時に、わかりやすい文体批評をした本でもあるんです。

——そう考えると、この本は書き方だけでなく読み方を教えてくれる本だとも言えそうです。

 「書く」ことには才能や技術が必要だけど、「読む」のは誰にでもできる。そう思っている人は多いと思います。でも、技術を身につけると、本を読むことはもっと面白くなるんですよ。「文体」という視点があることに気づいて、意識して読むようになったら、文章の楽しみ方が一つ増えると思っています。

多様性があるから、文章は楽しい

——三宅さんが最近「この文体は面白いな!」と感じる人はいますか?

 小説家だと、『風下の朱』で芥川賞候補に選ばれた古谷田奈月さん。小説の中で自分の文体を作り上げていて、すばらしいなと思います。ネットだと、しいたけ.さんをはじめ、ブロガーのかっぴーさん、milieuというウェブメディアの編集長を務める塩谷舞さんなど、この本の中で取り上げた方々にはとても注目していますね。

 あと、文体ウォッチングの一環としてネットで生まれる表現もチェックしているんですよ。最近だと、「一生」という言葉の使い方が変化してきていますね。これまでは「一生を生きる」のように名詞的な使い方だったのに、若い子たちは「一生寝たわ」「一生バイトしてた」と副詞的に使うんです。そういう新しい用法を見かけると「変化してる、面白い!!」って、ニヤニヤしてしまいますね。

——誤用のようだけど、それが一般化していくのは興味深い変化です。

 私が文体や表現に惹かれるのは、『万葉集』を研究していたことも影響しているかもしれません。『万葉集』って、収録されている和歌も古いものと新しいものでは140年ほどの時代の開きがあるんですよ。今で言えば夏目漱石と村上春樹くらいの違いがある文体が、同時に収録されている。まだひらがなが存在しない時代の日本で、中国の漢文から次第に日本独自の表現が生まれていく過程を読み取ることができて面白いんです。

 文体に注目してしまうのも、それと同じだと思います。時代ごとに新たな文体が生まれるけれど、どれが正解ということはないし、多様性があるから文章は楽しい。これからも多くの人に「自分らしい文章」を書き続けてほしいです。そうして生まれた文章を私が読めたら最高だなって思います。