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【谷原店長のオススメ】古谷三敏・ファミリー企画、あべ善太「寄席芸人伝」 読みかえして感涙、落語を通じて人間を考えさせられる

谷原章介さん=松嶋愛撮影

 落語漫画の最高峰」と称される『寄席芸人伝』。だいぶ昔の本で、漫画誌「ビッグコミック」で連載されたのは、今からだいぶ前の1978~89年のことです。僕は25年くらい前に、東京・渋谷の居酒屋でこの漫画本をある人から渡され、どっぷりハマったことを覚えています。ふと思いついて最近、デジタル書籍を買い直してみたのですが、改めて読み返すと、若かった頃とはまた異なる感慨を覚えてしまいました。一話一話、とにかく泣かされるのです。こんなに泣かされる話だったかな……。

 物語は一話完結のオムニバス形式で、芸人同士、師匠と弟子、芸人と客、芸人と妻など、さまざまな年代の人物が登場し、多様な人間関係が繰り広げられます。落語は、たった一人の語りで物語を立ち上げ、艶(つや)っぽい廓(くるわ)にいる気分にさせたり、江戸の人情にほろりとさせたりする奥深い話芸です。そんな落語に人生にかける芸人たちの思いや、彼らのために心血を注ぐ周囲の人々の姿に、年齢を重ねた今読むと、よりぐっと胸にせまります。古谷三敏さんといえば、『BARレモン・ハート』(双葉社)のイメージが強いですが、こちらは落語を通じ「人とは何か」を考えさせられる物語。未来へ向け、ずっと生き続けてほしい本だと思います。

 たとえばこんな一話。
 ときは明治の終わりごろ、東京・日本橋万町の寄席「柏木亭」では、「人情噺をさせたら右に出る者はいない」と大評判の噺家(はなしか)・三代目柳亭左楽が高座に上がります。彼の演目のハイライト、「脅されたあげく、世話になった主人を槍で突く」という場面では、腕を振り上げ、「旦那様、堪忍してくだせェー!」。すると、客席から「まずい!」との一喝が。声の主は文士・高野酔桜でした。客席から去ろうとする高野に対し、左楽が酷評の理由を問うと、高野は「あの槍では人は突けん」。つまりレアリスム、写実主義が欠けているというのです。

 決して殺したくはない相手を、命惜しさに殺さなければならない。この思いのリアルを追求すべく、左楽は1カ月間の休暇を取って道場での稽古に明け暮れます。そのあげく、思いつめ、今だったらとんでもない行動に――。このシーンは「ちょっとあり得ないだろう」と思ってしまうのですが、ともあれその後、高座に戻った左楽が客を前に、号泣しながら「下男の槍」を演じると、客たちは胸をつよく打たれ、拍手喝さい。高野も左楽の成長を認めます。これをきっかけに左楽は新たな鍛錬を積み、迫真に迫る技をものにしていく。「写実(レアリスム)の左楽」の名をとどろかせます。

 自分で「うまい」と思ってしまったら、そこで頭打ち。「まだまだ上回れる、お前は磨けばもっと光る」と、尻を叩(たた)いてくれる人の存在は、なんと貴重なことでしょう。そんなことを思い知らされる話が、随所にあるのです。

「意地悪団蔵」は、ある「事件」をきっかけに、高座に上がることをやめ、噺家から寄席の下働き係に転じた男の話。後輩芸人を育て上げたい一心で、口の悪い憎まれ役を敢えて買って出る団蔵にも、20年の歳月が過ぎ、再び高座に上がった時――。短編漫画なのに、しっかりと、一人ひとりの思いが乗っています。すばらしいラストにつながっていく、この話も、読み返した時に涙が止まりませんでした。 

 大御所噺家2人の、それぞれの息子が同時に「真打ち」になる「名人二代三遊亭圓左」の話は、考えさせられました。甘やかすことで伸びる子、厳しく接することで小さくまとまってしまう子。それぞれの将来を見越し、親として子にどう接していくべきか。2組の対比の描写を見つつ、親子、芸を継ぐ者のあるべき姿とは。次世代と向き合うステージにいる人ならば誰でも、心に響くはずです。

 僕もある舞台の作品でなかなか役がつかめず、そのきっかけにと、演出家の方が、ご自身の家族の写真をやぶるよう渡された事があります。とても躊躇しましたが、わらをもつかむ思いで破りました。それが正しいかは今もわかりません。なぜかといえば、極論ですが、人殺しの役は実際に殺した事がないとわからない事になる。芸事に正解はありません。

 「芸人として『フラ』がある、ない」という話も出てきます。「フラ」とは、辞書によると「その芸人が生まれつき持っている、言葉では説明しようのない、笑いの雰囲気」。ちょうど僕が役者として悩んでいた時、この話を読んで、「人に見られる職業って、やっぱり『フラ』が必要だよな、自分にはそれがないよな」と、心にグサッときたのを思い起こします。

 それから時がだいぶ過ぎた今、生放送で、人前で話す仕事を続けるうち、以前のように悩むことは減ってきたかも知れません。「話がうまい、下手」とは別に、いろんな一面のうちの一つとして「フラ」のある人間でいたい。お客さんを目の前にした芸である点では、落語と僕の仕事は重なります。場の空気をつかむ、それがいかに大切で、難しいか。場数を踏んだ今、昔とは異なる読後感を抱く瞬間でもありました。

 ふっとデジタル書籍を買って、久しぶりに読んでみたこのシリーズ、全編泣けてしまいました。ちょっと驚いています。この先、僕が70歳、80歳になった時にまた読み返したら、今とは異なる場面にグッとくるのかもしれません。皆さんにもその体験を共有してもらえたらと、今回、往年の名作をご紹介しました。

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 落語を題材にした漫画は最近でもたくさんあります。雲田はるこさんの『昭和元禄落語心中』(講談社)。漫画やアニメ、ミュージカル、テレビドラマと多彩に展開し、人気を呼んでいます。『あかね噺(ばなし)』(集英社)は、末永裕樹さん作、馬上鷹将さん作画の作品。落語家の父を持つ少女が「真打ち」になるため、噺家として日々、活躍していく物語。現在「週刊少年ジャンプ」で連載中です。(構成・加賀直樹)