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「宮沢賢治 デクノボーの叡知」書評 目を閉じて風の動きを感じよう

評者: 長谷川逸子 / 朝⽇新聞掲載:2019年12月14日
宮沢賢治デクノボーの叡知 (新潮選書) 著者:今福龍太 出版社:新潮社 ジャンル:日本の小説・文学

ISBN: 9784106038464
発売⽇: 2019/09/26
サイズ: 20cm/395p

宮沢賢治 デクノボーの叡知 [著]今福龍太

 文化人類学者・今福龍太による宮沢賢治の作品世界の読み解きは、「現代を生きる人々が忘れていることをいかに再発見できるか」とあるように、現代社会への、私たちの知の枠組み自体への批判でもある。
 「デクノボーの叡知」とは、現代人が否応なく組み込まれている人間中心的な知の体系が排除してきた、自然と人間の豊かな交感や野生への畏れ、啓蒙の光が及ばない領域への敬虔さを思い出させる、もうひとつの知の体系の名前である。
 賢治作品にみられる「実在物」と人間の関係、火山弾を牛に喩える自然との共感覚、北上川から天の川へとがる幻想地理学、猟師と熊との深い交感、悠久の時間を凝集する石と内臓を結びつける想像力が描かれ、読み進めるごとに豊かな世界へ導かれる。特に「風」の章は印象深い。今福は「光を消し、豊饒な闇を出現させて謎を謎のままに守ろうとする『風』こそが、知性の淵源にある」と説き、それは「民衆的な深い叡知」であるという。この闇は民家が内包する仄暗さにも繫がっていよう。
 私が設計した公共建築〈湘南台文化センター〉で、宇宙儀と名付けた球形劇場の竣工祝いの一つに、勅使川原三郎の「ダーダスコ・ダーダ」初演があった。賢治の詩「原体剣舞連(はらたいけんばいれん)」をモチーフにした創作ダンスである。最頂部から光が入る劇場は、外部のような場、踊りが始まると全体が宇宙的な広がりを持ち始め、不思議な感覚に包まれていったことを思い出す。
 「いつでもはあはあ笑ってゐる」虔十(けんじゅう)が杉苗を植えて造った林こそ、公共空間の始まりの姿である。多くの公共建築が市民を啓蒙しようと造られてきたが、鳥や子供が集まり、「風がどうと吹いてぶなの葉がチラチラ光る」虔十の林の喜びはそこにあるだろうか。
 大きな曲がり角にある現代社会にあって、目を閉じて風の動きを感じ、「デクノボーの叡智」を招きよせることができればと願う。
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いまふく・りゅうた 1955年生まれ。文化人類学者、批評家。著書に『ヘンリー・ソロー 野生の学舎』など。