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「あやうく一生懸命生きるところだった」ハワンさんインタビュー 韓国で25万部、東方神起メンバーも読んだ「努力しないススメ」

文:吉野太一郎 イラスト:ハワン

村上春樹の『風の歌を聴け』の一場面を例に、波に漂っていようが必死に泳ごうが、無人島にたどり着けば結果は同じと説く。(c)HAWAN

「一生懸命生きない」実験をしてみた

――40歳にして、イラストレーターと会社勤めから抜け出し、今はフリーランスという、何をするでもない暮らしをしておられると聞きました。そこに至った経緯を教えて下さい。

 40歳になって「ああ、一生懸命生きてきたのに、たったこれだけか」と虚しさが押し寄せてきたんです。一生懸命生きれば、すべてよくなると思っていたのに、そうではなかった。だから、逆の生き方をしてみようと思ったんです。一生懸命生きなければ、人生どう変わるのか、実験してみたと言いましょうか。この本は、その実験の過程だと思っていただければいいかと思います。

――美大に落ち続けて、自殺を試みたけどできなかった話、株式投資の失敗、仕事に不満を感じて転職を繰り返した経験談など、身につまされる思いで読みました。

 そうですか。それは恥ずかしいです(笑)

――それが韓国で25万部を超えるベストセラーとなりましたね。予想していましたか?

 私みたいな無名の作家が書いた本が、これほど反応がいいとはまったく思いませんでした。「一生懸命生きなければ」と、みんな口では言うけれど、本音ではみんな、楽をして生きたいですよね? そんな隠れた本音をぶちまけてくれたタイトルを、みんな痛快に感じたのではないでしょうか。

(c)HAWAN

誰もが抱える普遍的な悩み

――読者からの反応はどんなものが印象に残っていますか?

 「自分について書いた本のようだった」と誉めて下さる方が多かったのを覚えています。特別なストーリーではなく、まるで自分のことと感じられるような、誰もが抱える普遍的な悩みを描いたからこそ、反応がよかったのではないかと思いました。

――東方神起のユンホさんが読んでいたことが、韓国で話題になりました。あれだけ成功した人がなぜ?と意外でした。

 私も驚きました。とても情熱にあふれて、一生懸命生きていることで有名な人が、どうして私の本を読んだのか…。お会いする機会がないので分かりませんが、とても不思議です。でもおかげで、本が評判になったのでありがたいことです(笑)

――日本でも発行部数が計4万5000部になっています。翻訳書としてはかなり好調ですね。程度の差はあれ、熾烈な競争社会は日本にも共通する背景だと思います。

 本当ですか? 地理的にも近い国ですし、文化的にも共通点が多いから、共感できる部分も多いんでしょうか。いずれにせよ、人の生き方、人生に疲れる姿などは、国が違っても似たようなものなのかもしれませんね。

――『82年生まれ、キム・ジヨン』を契機に、韓国の女性文学が日本でも注目されていますが、これは、男性の悩みを扱った「男性文学」かもしれません。

 私は韓国を代表する作家でもありませんが…ありがたいことです。

著者のハワンさん(本人提供)

「努力が足りない」ではなくシステムの問題

――韓国では『あやうく楽に生きるところだった』という本も発売されたそうですね。報道によれば、「努力は成功の確率を高めるものであり、必ずしも成功しなくても努力しないといけない」という内容のようです。ハワンさんの本への反論とも言えそうですが?

 その通りでしょうね。私自身、「努力をするな」と言っているわけではないんです。努力それ自体はいいことですが、「努力すればすべて何でもうまくいく」という態度は危険ですよね。まるですべての結果が、自分自身の努力が足りないからだという考えに陥ってしまいがちです。そうすると自分自身を責めて、自己嫌悪から抜け出せず、燃え尽きるまで自分自身を追い込んでしまうのではないでしょうか?

 努力もいいけど、もう少しおおらかな気持ちを持ちたいですよね。みんな疲れている現代の資本主義社会で、もっと努力するより、もうちょっと努力しないでみるという、おかしな考えかもしれませんが(笑)

――確かに、いわゆる「いい就職先」を探そうにも不景気で正規職自体が狭き門になり、家を買おうにも不動産価格が高騰して手が届かない。若い世代にとって、個人の努力だけではどうにもならない時代なのに、上の世代から「努力が足りない」と責められます。

 若い世代の多くが苦しんでいるのは、努力が足りないからよりも、社会のシステムに問題が大きいからだと思います。それにも関わらず、個人個人が「もっと努力しろ」「努力が足りないからだ」と言われるのが本当に残念です。努力しなかったから、個人にすべての責任があるというのはとても安易で無責任な解釈です。そんな上の世代の言葉に萎縮してしまい、若者たちが自分自身を酷使して、自己嫌悪に陥らないか心配なのです。

 人生はそんな簡単なものではなく、個人の努力だけでどうにかなるものではありません。苦しいときは休み方を知るべきで、努力が実らなければ、さらに努力するより、適当にうまくやる智恵も必要です。私自身も解決策はありませんが、はっきりしているのは、人生悪いときがあれば良いときもあるということです。あまりに自分自身を追い込まず、自分自身を責めず、辛い時期を乗り越えてほしいと思います。やがていい日が来るという希望を持って。

(c)HAWAN

映画「パラサイト」にみた人生の本質

――ところで、韓国映画『パラサイト』がアカデミー賞4冠に輝くなど話題ですが、印象に残った登場人物や場面などはありましたか?

 ポン・ジュノ監督の映画は大ファンなので、公開直後に見ました。まさしく最高傑作ですね。それぞれ登場人物に共感しましたが、ソン・ガンホ演じる貧しい一家の父親ギテクが、息子に「お前、すべて計画があるんだな」というセリフが印象に残っています。

 大金持ちの一家に雇われるため、一家は家庭教師や運転手などに扮し、綿密な計画を練って入り込む。しかし計画通りにはまったく進まず、予想外の事態に流れていく。それが人生の本質ではないかと思います。誰もが望み通りの人生を手に入れようともがくけど、決して計画通りにはいかない、そんなほろ苦いメッセージと受け取りました。

(c)HAWAN

2作目を執筆中

――本がベストセラーになったことで、生活は変わりましたか?

 「一生懸命生きない暮らしをしよう」というのは、もともと1年限定のつもりだったんですが、思いがけず本が売れたことで、もう少し先延ばしできるようになりました。

――それは経済的に余裕ができたから?

 それもあります。とにかく、以前は本当にお金のない生活だったので、お金がなくなったらまた一生懸命働くつもりでした。本が売れて大富豪になったわけでもないけど、ある程度、経済的に楽になりました。

 今は怠けて暮らしながら、次の本を執筆しています。しばらく本を書いていなかったので、なかなか進まず、このまま書き進められるのか、これからどう生きるのか、悩んでいるところです。「他人の視線を気にせず、自分らしく幸せに生きるにはどうすべきか」というテーマで、ある意味、今作と共通するテーマかもしれませんね。

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