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ひとり出版社「夏葉社」の島田潤一郎さん 拙速の失敗を避け、自省を促すための3冊

文:岩本恵美 写真:有村蓮

島田潤一郎さんが選んだ「はたらく」を考える本

1. 『銀座界隈ドキドキの日々』(和田誠、文春文庫)
2. 『誰がアパレルを殺すのか』(杉原淳一・染原睦美、日経BP社)
3. 『チボー家の人々』(ロジェ・マルタン・デュ・ガール[著]/山内義雄[訳]、白水Uブックス

仕事は遊び場。和田誠さんに教えてもらったこと

1. 『銀座界隈ドキドキの日々』(和田誠、文春文庫)

 夏葉社を始める前だから、30代前半のころに読んだ本です。イラストレーターの和田誠さんが大学を卒業してから、銀座にあるデザイン会社「ライト・パブリシティ」に就職していろんな仕事をしていった日々を綴ったもので、ここには働くことの喜びや楽しさが全部ある。和田さんが本当に楽しそうに仕事をしているんですよね。

 印象的なエピソードがあって、和田さんが映画のポスターを9年間、無料で描くんですよ。こういうことが働くことなのではないかなと、僕は思うんです。いま仕事っていうと、お金になるか、ならないかのものさしだけになりがちですけど、それが唯一の目的になると仕事って途端に息苦しいものになる。

 僕は、すべての時間や自分の能力をお金に換算していくことに対して、恐ろしさというものを感じています。お金になるのか、ならないのかって、非常に短期的なことですよね。9年間無料でポスターを描き続けるっていうのは、もう少し長い人生において大切なことを伝えてくれている気がします。後々の仕事にもつながっていきますし、利害関係がないからこそ、いろんな人と出会っていくわけですよね。それが長期的に仕事を豊かにするし、人生も豊かにする。そういうことを教えてくれる一冊です。

 その後、和田さんと仕事で関わる中で、一つ忘れられないエピソードがあります。お願いしていた装丁の原画が出来上がって、和田さんの事務所に受け取りに伺ったとき、けっこうギリギリのスケジュールだったので、印刷会社の営業マンにも一緒に来てもらったんです。でも、その営業マンは和田誠さんの名前を知らないようで、そういう人を和田さんの事務所にお連れするのは失礼かもしれないと思った僕は、彼に外で待っててもらうようにお願いしました。

 彼は特に気を悪くすることもなく外で待っていてくれたんですが、和田さんに「その人は僕らの仲間だろ。なんで連れて来ないの?」って言われたんです。そう考えると、和田さんが正しいわけですよ。僕も夏葉社として1冊も本を出していないときに、『レンブラントの帽子』の装丁を和田さんに依頼して、引き受けてくださった。相手が有名か有名じゃないかで仕事先を選んでいるわけじゃない。和田さんにはそういう1対1の人間関係のあり方を教わった気がします。

 この本を読むまでは、仕事とプライベートは別もので、仕事はどちらかというと苦しいもので嫌なものだとずっと思っていました。仕事は自分の時間を切り売りしているような気がして。でも、和田さんには仕事とプライベートの境っていうのはまったくない。本当の遊び場って、たぶん仕事なんです。だから、仕事を楽しんでいる人というのは豊かな人だと思います。

 どうしても長く仕事を続けていくと、仕事はこういうもんだとか、ルーティンワークや会社の中でしか考えられなくなってくると思うんですよね。そういう意味で凝り固まった筋肉を時々ほぐしてくれるような本です。

誰のために仕事をしているのかを考える

2. 『誰がアパレルを殺すのか』(杉原淳一・染原睦美、日経BP社)

 この本は自著『古くてあたらしい仕事』(新潮社)を書くときに、編集者から勧められて読みました。不振にあえぐアパレル業界を経済誌の記者が取材した本ですが、ここに書いてあることは出版業界をはじめ、どこの業界にも通じる話で、誰のために我々は仕事をしているのかということを突き詰めて考えさせられる本です。

 出版社には年間売上の目標があって、それに合わせて企画を立てていくわけですよね。でも、その時点で読者に向けて作っていくことではなくなっていくような気がするんですよ。いつまでにいくらの売上がなくちゃいけないから、これを作るっていうやり方は、すべて企業の都合や論理。そういう歪みが大きくなっていくと、この本で描かれているアパレル業界のようになってしまうのかなと思います。もちろん、真の意味で純粋な仕事をするのは難しい。でも、この本の中で「ミナ ペルホネン」のデザイナーである皆川明さんがすごいことを言っていて、僕が思っている理想をやられているんです。

短い間に大量生産すると、すぐに供給過多に陥って飽きられてしまう。長い目で見ればその絶対量は多いとは言えない。けれど一つのデザインを長期間に渡って作るという仕事は、長い目で見れば大量に生産していることになる。私たちはそうした仕事を手掛けたい。(『誰がアパレルを殺すのか』(日経BP)p241より

 本の寿命ってそもそもは長いもの。僕はブックオフが大好きですけど、あそこに並んだ本って必要以上に売れちゃった本のような気がします。僕は、やっぱり作るからには、なるべくずっと手元に置いてもらえるような本を作りたい。

 本づくりって、両輪として、物語や哲学など時代を経てもあまり変わらないものと、その時代とともに変わっていく流行とタッグを組んで仕事をしていくところがあると思います。その流行と結託してやっていく部分は「情報」という言葉に置き換えられるかもしれない。そこは完全にスマートフォンに明け渡したと思うんですよ。そうすると、我々の進むべき道は自ずと見えてくるような感じはします。

 手数の早い仕事をするのに長けた人たちがいるわけだし、僕はそういうタイプではないから、そういった競争といかに適切な距離を置けるかということを考えています。いまの時代に生きているわけだから、ネットやSNSを無視して仕事はできない。でも、その速さの中に自分の両足を置いてしまったら、あっという間にさらわれる気がする。もちろん、そういうことが得意な人はそこで活躍すればいい。でも、そうじゃない人までもがその荒波の中で泳がなければいけないとしたら、それはつらい世の中ですよ。

 この本は速すぎる時代の流れの中で、一度立ち止まるために読むといい。やっぱり、ゆっくり考える時間ってあるべきだと思うんです。僕は電車の中では必ず本を読むようにしているんですが、その間は考えることができます。そうすることで、その時代の速さを相対化できるんですよ。長い時間ゆっくり考えることって難しいですけど、時代の流れに流されずに立ち止まるためのツールとして本があるんだと思います。

長編小説を読んで物事を長く考える時間をつくる

3. 『チボー家の人々』(ロジェ・マルタン・デュ・ガール[著]/山内義雄[訳]、白水Uブックス)

 僕は1年に1回、長編小説を読もうと決めています。『チボー家の人々』は全13巻で、片道20分の電車通勤の間だけで3カ月くらいかけて読みました。いろんな長編小説があるけど、いま読むんだったら、『チボー家』がいちばん面白い。リアリストのお兄ちゃんと夢想家の弟の話で、若い頃だったら夢想家の弟に感情移入するけど、いまはお兄ちゃんの方が「たまらん!」と思ってしまいます(笑)。最後は大感動の嵐でした。長い物語に付き合ったからこそ感動するんですよね。長い間読んだからこそ、登場人物にも愛着がわいてきます。

 長編小説は、精読するように読むとやっぱり疲れるので、途中でダレても、つまらなくても読み続ける。大事なのは、一度読み始めたら休まないということですね。そうすると、たいてい最後にはいいことが待っています。

 僕は読書が得意なタイプではなかったから、努力して読書という習慣を身につけたと思っています。ちょっとずつでも読んでいって、複雑なものや、これまで読んでいなかったものに少しずつ手を出して広げていく。読書の体力がついていったら、あとは落ちないように読み続けるだけです。片道20分の電車通勤の間だけでも、1年間に60〜70冊は読めます。読書って、いろんなことを考えたり知ったりすることができて、自分の世界も広がるし、言語化できることも増える。誰に感想をいうこともなく、ただ読むことで心のバランスが整えられます。

 小説を読んでいると、現実の時間とは別の時間ができて、2つの時間が流れる感じがいいんですよ。特に長編小説だと、そういう時間が長く続く。物語の世界を自分の中に持っていることで、嫌なことがあったらそっちに逃げられるし、物語の世界の中から現実世界を見るということもできる。そうすると、瑣末なことは忘れられます。

 結局、物事を長く考える時間が豊かだと思うんです。だからこそ、働いている人、特に若い人には長い小説を読んでもらいたい。次々に問題や懸案事項を解決、決断できる人ってあまりいなくて、仕事や働くうえでも、あらゆることにおいて長い時間をかけることがいちばん必要になってくると思うんです。

 僕は失敗というのは拙速だと思っていて、それを避けたいからこそ、仕事には長い時間をかけたい。そうなると、長い時間考えるための環境なり、ツールなりが必要になってくるわけで、それを簡単に提供できるのが本なんだと思いますね。何かしら自分の問題に引き寄せて考えることができるもの。自省を促すメディアなんだと思います。

島田潤一郎さん「古くてあたらしい仕事」インタビュー 時代超え小さな声届ける