辻愛沙子さんが選んだ「はたらく」を考える本
①『「差別はいけない」とみんないうけれど。』(綿野恵太、平凡社)
②『海辺のカフカ』(村上春樹、新潮社)
③『あたしたちよくやってる』(山内マリコ、幻冬舎)
④『セトウツミ』(此元和津也 、秋田書店)
モヤモヤして悩んだとき、原点に立ち返るために
①『「差別はいけない」とみんないうけれど。』(綿野恵太、平凡社)
本当に好きすぎて、5冊買って人に配りました。差別を批判する論理が「アイデンティティ」(被差別者の当事者が批判)から「シティズンシップ」(非当事者を含めたみんなが批判)に変わったことを論じた本です。
私は女性が抱える社会課題を発信するプロジェクト「Ladyknows(レディーノーズ)」をやっています。上場企業役員の女性の割合の低さなどをファクトベースでメディアで伝えたり、トークイベントを開催したりなど、ジェンダーにまつわる情報発信を行っています。また、若い女性の健康診断の未受診率が高いことが課題だと感じて、ワンコインで健康診断が受けられるポップアップイベントを開催しました。
この本では「足を踏んだ者には、踏まれた者の痛みがわからない」(差別された痛みは当事者にしかわからない)という言葉が出てきますが、私がジェンダーの話をするのは、自分を含めた「足を踏みつけられている人たち」のためです。意図して偏見をぶつけるケースも大いにありますが、社会全体に蔓延っている「無自覚な加害」にも大きな問題があると考えています。
たとえば、全国一斉休校となったことで「働く“お母さん”は大変だろうな」と無意識にジェンダーバイアスをかけてしまう。仕事で女性と男性が並んだ時に、無意識に男性の方が上司だと思ってしまう。そういう「無自覚な偏見」は日常のあらゆる所にあふれかえっているんです。
課題が大きく複雑だからこそ、様々な企業や活動家の方と一緒にプロジェクトを進めていく中で感じる難しさはひとつふたつではありません。特に、同じ目的や思いを持って差別や偏見に立ち向かっている人も、一人一人違う背景や考えを持っているという事実。そのことで生まれる衝突には本当に頭を悩ませながら、その都度学びを重ねている日々です。
「社会を変えていこう」と思う人たちの間でもそれぞれ考えの方向性や思いに違いがある。そしてそのどちらも正しい。そんなことが結構起こるんです。本来向き合っていくべきは共通の大きな課題なのに、その二つがバトって前に進まないのは本末転倒であると思う。じゃどうしたらいいんだろう。モヤっとしてよくわからなくなった時に、この本に出会い、思考と構造が一気にクリアになって救われたんです。
差別批判の論理が「アイデンティティ」だけでなく「シティズンシップ」という形で広がりを見せているというのは、フェミニズムの歴史を紐解いても明白でした。まず権利のない当事者の女性たちが抗議をして社会を変えてきたフェーズがあった。国際女性デーの起源とも言われている、1904年の女性の参政権を巡ったニューヨークのデモもその一つです。今もその戦いは続いているけれど、バックラッシュがありながらも少しずつ前に進んでいる。一方で、当事者じゃない人たちも「自分も、あなたも、等しく人権がある生き方を」と声をあげるフェーズに移っている。そのように考えてみると、簡単な線引きではわからない、反差別の側の複雑さが見えてきます。
よく広告の世界だと女性向けの企画を「女性ならではの視点で作ってください」と言われることも少なくない。でも当然女性にも色々な考え方があって、複雑さをはらんでいる。年が近かったとしても、全然違う価値観を持っていることも多い。仕事に関しても、パートナーに関しても、結婚や趣味に関しても。そうしたことに対して、クリエイターやインフルエンサーはできるだけ敏感であるべきだと思っています。
仕事でモヤっとした時は「この悩みはどこからきているんだろう」と思って、その都度この本に立ち返ります。
ラベリングに陥らず「無自覚な加害」をしないために
②『海辺のカフカ』(村上春樹、新潮社)
これはストーリーも好きなんですけど、シンプルにめちゃくちゃ好きなシーンがあって、繰り返し何回も読んでいます。
主人公の「田村カフカ」と司書の「大島さん」が働く図書館でのシーンです。突然女性2人がやってきます。彼女たちは女性の立場から、文化公共施設の実地調査をしているという。「大島さん」に対して「パブリックに開放された図書館であれば、原則として、洗面所は男女別にされるべきではないでしょうか」「男女兼用の洗面所は様々な種類のハラスメントにつながります」などと指摘するんですね。
彼女たちが言っていることは正しくて「確かにわかるな」と思いながら読んでいく。ただ「大島さん」とあまりに会話が行き違うので、自分たちが絶対正義だと思っている2人はイラついて「あなたは典型的な差別主体としての男性的男性」だと批判します。でも実は「大島さん」は「身体の仕組み」は「女性」だけれど、「意識」が「男性」であるジェンダーの方なんです。彼女たちはその外見から「男性」だと決めつけていた。そこで「大島さん」はIDカードを見せながら「僕は生物学的に言っても、戸籍から言っても、紛れもない女性です」「典型的な差別主体としての男性的男性ではありえない」と言い返すシーンがあります。
これを読んで「無自覚な差別」はこうやって生まれるなと思いました。いかに人はわかりやすいもので人をジャッジするか。そういうラベリングの話をしている。私も「女子大生」「若い女の子」など常にいろいろなラベリングをされます。褒め言葉として「女子大生 ”なのに"クリエイティブディレクター」と言われる。でもその裏には「若い女の子」は「かわいいものばかり求めて頭が悪い」といったステレオタイプがものすごくあるように感じます。このシーンではそういう「無自覚な偏見」やジェンダーバイアスが顕著に描かれている。
すべての仕事がそうかもしれませんが、特にものづくりの仕事は社会に対して届けています。だからコピーやステートメントを書く時、表現が「無自覚な加害」になっていないか、何重も何重も確認するんですよ。言葉にすると、しごく当たり前なことなのですが。そうしたことにものすごくストイックに向き合わないといけないなと思い出させてくれる本です。
しょんぼりしたとき、勇気をもらうために
③『あたしたちよくやってる』(山内マリコ、幻冬舎)
作家の山内マリコさんのエッセイとショートストーリーを集めた本です。いろいろな女性の人生が描かれています。
最初のショートストーリー「How old are you?(あなたいくつ?)」は本当に最高で、「あたしって本当はパンクな女の子だったんだよ」から始まります。大人になるにつれて保守的なファッションになった女性が、自分がパンクだった若い頃のファッションを思い返す。「あたしはもっと、パンチのある服が着たい! みんなが眉をひそめるような、思いっきり反抗的な服が着たい! 人をザワつかせるような、とんでもない服が着たい!」。そういうみんなが言葉には出さないけれど、心のうちに秘めているような思いが描かれています。
押さえつけてくる社会と解放される自分。それを女性の視点で顕著にわかりやすく描いている。仕事をしていると時々「ウワー!」ってなる時があるじゃないですか。先ほどのプレゼンの話みたいに、別に私を馬鹿にしようと思っているわけじゃないけれど「無自覚な加害」になっていることがある。「こういうことあるなー」と思うストーリーばかりで、いつも終わり方も爽快なんですよ。
タイトルもよくて「あたしたちよくやってる」。しょんぼりしている時に読んで、「シャー!」と勇気をもらう本です。
表現者として人への想像力を失わないために
④『セトウツミ』(此元和津也 、秋田書店)
物語として本当によくできていて、作品として完璧なまでのクオリティだと、読むたびに感動しています。私が漫画家な訳でもないのに、初めて読んだ時にめちゃくちゃ嫉妬しました。
ただ男子高校生2人が放課後に、河川敷で漫才みたいなやりとりをしているだけなんですよ。まずそれがめっちゃ面白くて爆笑です。でも途中までゆるい日常が続くのに、最後に大オチがある。その描き方がすごく美しくて大好きです。実は伏線が途中にたくさんあったこともわかる。
2人には色々な背景があって、裏に複雑な社会問題があった。日常のくだらないストーリーに主軸があるけれど、その延長線上に複雑な問題がある。紙一重で全部がつながっているのが人間だし、日常の瞬間と大きな問題って地続きなんだなと考えさせられます。
特に表現の仕事は、人に対する想像力を持つことがすごく大事です。宇垣美里アナウンサーの「人それぞれに地獄がある」という言葉が超好きなんですけど、表には見えなくても、人には人の喜びや地獄がある。それを想像しないで「このクラスタはこうだ」と決めつけてはいけないと思います。
ひとくくりにせず、人にものを届けるために
全部の本に通ずるのは「一言でくくってはいけない」ことだと思いました。人にものを届ける仕事として、めちゃくちゃ大事にしていかないといけないと思います。
企画の仕事で大事だと言われる言葉に「ナタで切って、カミソリで仕上げる」というものがあります。たとえば彫刻ではまず石をざっくり大きく切る。その後に目や鼻など細かい所を掘っていく。
多くの人に届ける企画を作るには、まずざっくりナタで切るのがとても大事です。そして最終的なアウトプット表現をカミソリで仕上げていく。差別や人権について、自分が想像力が足りていない所はないか。無自覚なバイアスがかかっていないか。常に細かい点まで見ていかないといけません。そういう意味でも、仕事のTips(コツ)系の本というより、どちらかというと人間らしい4冊になりました。