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黒川創さん「暗い林を抜けて」インタビュー 「内面と世界のあわい」に生きる我ら

黒川創さん

 『鶴見俊輔伝』で大佛次郎賞を今年受賞した黒川創さんが、小説『暗い林を抜けて』(新潮社)を刊行した。がんに侵された50代の記者の30年余りを通じ、人生のままならなさと、「人が生きて何かを考えてきた痕跡」を多層的に描く。

 主人公は、通信社で文化部に所属する有馬章。数年前にがんの手術を受けた後、現場にこだわってもがく。病状に左右される生活の中に、前妻や学生時代の友人の視点も交え、様々な記憶が交錯する。

 記者として各地を巡って出会った人やもの、最初の結婚と破綻(はたん)、再婚と子育て……。さらに、残された時間の中で、戦争をめぐる大型企画に取り組む。経済学者・都留重人の経験や湯川秀樹の日記、ゾルゲの恋人とされる女性音楽家などに光を当てていく。実感を伴う生活の描写と、歴史に関わる記述が響き合う。

 黒川さんが今作で描こうとしたモチーフは、「内面と世界のあわい」だ。「日本の私小説は自己の内面を突き詰める。でも、動機は自分の中だけにあるのではない。戦争や交通事故のように、外からいや応なく飛び込んで来てしまうものがある」。自分の意思を超えたものを「世界」と位置づける。「人間は、内面と世界のあわいで生きていて、肉体はその際にある」。病や老いでそれがあらわになる。

 2018年、同世代だった共同通信記者の金子直史さんが大腸がんで亡くなった。「小説を書こうと思っているところに、彼の死が飛び込んできた」。祖父と父の死を描いた「もどろき」で芥川賞候補になった01年に取材を受けて以来、自宅や酒場でつきあいが続いてきた。病は聞いていたが、衝撃を受けた。

 遺稿集を出すため金子さんの日記を読んで、さらに驚いた。黒川さんが取材を受けたある日には、すでに痛み止めのモルヒネも処方されていた。「親しいつもりだったが、知らないことばかりだった」

 有馬の来歴には金子さんと共通する部分もある。ただし、「中に入ってしゃべっているのは自分」と言う。「そうでないと、血が流れない」

 刊行後、金子さんの妻から、出されずじまいだった黒川さん宛ての封筒を渡された。中身は「もどろき」についてのインタビュー。その中でも黒川さんは「内面と世界のあわい」について語っていたらしい。「繰り返し忘れて、何度も同じことを考えているんだな」(滝沢文那)=朝日新聞2020年4月8日掲載