1. HOME
  2. 書評
  3. 「5G」 激動の時代に「考える」大切さ強調 朝日新聞書評から

「5G」 激動の時代に「考える」大切さ強調 朝日新聞書評から

評者: 坂井豊貴 / 朝⽇新聞掲載:2020年06月06日
5G 次世代移動通信規格の可能性 (岩波新書 新赤版) 著者:森川博之 出版社:岩波書店 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784004318316
発売⽇: 2020/04/19
サイズ: 18cm/249p

5G 次世代移動通信規格の可能性 [著]森川博之

 インターネットは人々の暮らしや産業のあり方を大きく変えてきた。変化そのものは善悪を越えた、巨大な流れとしかいいようのないものだ。ではこれからも変化は続くのだろうか。答えはイエスである。5Gがその流れを加速させるだろう。
 5Gとは移動通信システムの新しい規格。こうした規格は80年代の1Gから始まり、およそ10年ごとに切り替わってきた。それが今年5Gにいたる。超高速で、低遅延で、多数同時接続ができるようになる。
 たとえば今だと5分かかる2時間映画のダウンロードが、3秒でできるようになる。これだけ聞くと、なんだ速くなるだけかと思うかもしれない。だが注目すべきは、速さが変わることよりも、それにより新たに可能となるものだ。たとえば遠隔地から操作する無人トラック。いまの通信速度だと、時速100キロメートルで走っているときにブレーキを指示しても、それが作動するまでに1メートル以上進んでしまう。ところが5Gだと数センチで作動できる。つまり遠隔からの操作が、いよいよ実用レベルになるわけだ。
 また、多くの乗用車が一つのネットワークに同時に接続できると、道路上の全体を調和させながら自動運転ができるようになる。一台一台が周りを見ながら動くのではなく、一つのネットワークが全体を動かせるようになる。5Gはモノとモノをインターネットで滑らかにつなげるのだ。こうして変貌する車は、車内の造りや意味も変わってゆく。その空間は人によって娯楽の場、仕事の場となろう。そこでのサービス提供は新たな産業となる。これはビジネスチャンス以外の何物でもない。その半面として、5Gで淘汰されるものも山ほど出てくるはずだ。
 だから著者はビジネスパーソンに、「考えること」の大切さを強調する。この新たな変化で何が起こるか、自分は何をするかを考えるのである。その際には、これまでできていた何かを高速化することよりも、ついに実用化できるものや、新たな産業を考えるべきなのだろう。
 日本では携帯や通信機器の世界的なベンダーは育たなかった。だが著者は「企業の栄枯盛衰は世の常」だと語る。不確実性の強い市場では、勝ち残れた企業にせよ、その理由には偶然の要素も強い。だから著者は日本企業に悲観的なわけではない。NTTの研究開発能力については高く評価し、それを事業に活かす道は必ずあるはずだという。そしてビジネスパーソンに、まずは5Gを考える「土俵に上がる」のが大事だと語る。激動の時代を直視するうえで、最初に目を通すべき一冊である。
    ◇
もりかわ・ひろゆき 1965年生まれ。東京大大学院教授。情報ネットワークが専門。無線通信システム、情報社会デザインなどの研究開発に従事している。著書に『データ・ドリブン・エコノミー』など。