2010年代にゴシップの世界が変化した
――アメリカのカルチャーやセレブリティの世界に関心を持ったきっかけを教えてください。
家が昔のハリウッド映画がかかっているような環境で、幼稚園の頃から「サンセット大通り」や「ローマの休日」が好きでした。そしてインターネット世代だったので、小学生の頃からネットニュースでアメリカのゴシップを見られる環境にあったんですよ。最初は日本語でチェックしていたんですけど、やっぱり現地のほうが詳しいので、海外メディアも読むようになりました。
当時、2000年代で歌手のブリトニー・スピアーズが凄く人気があって。ブリトニーが恋人と2人でビーチでロマンチックに座っている写真がありました。でも遠目からの写真だと、2人の周りをパパラッチが大勢で取り囲んでいたんです。それが凄く衝撃でした。
彼女のゴシップで特に有名なのは、髪を自分でバリカンで剃ったあと、その姿でパパラッチに対して傘で攻撃する写真が出回ったことです。スキャンダラスな写真をパパラッチが撮ったら、何千万円も儲けられるような「ブリトニー・ラッシュ」が起こっていた。そうしたアメリカのゴシップはプライバシーが本当になくて、明らかに問題なものばかりだったんですけど、日本と全然違っている状況そのものが衝撃でした。
この本はゴシップだけじゃなく、社会的な背景など結構真面目なことを書いてるんですけど、そこに踏み込むきっかけになったのは、アメリカのゴシップが2010年代で変わったことがありました。
――どんな変化ですか?
2000年代はゴシップメディアのタブロイドが凄く強かった。特に女性セレブは体型がちょっと変わっただけで叩かれました。だから今より痩せているスターが多かったと思います。
例えば、2009年にバラク・オバマ政権が始まった頃、セレブ関連に強いエンターテインメント誌「Us Weekly」はミシェル・オバマ親子を表紙の主役にしたんですが、その横で大きく人気歌手ジェシカ・シンプソンの体型変化にまつわる特集が打ち出されていた。「ジェシカの体重特集のために一家の父親であるバラクだけカットされた」噂が生まれて、人気TV司会者が大統領本人に「どう思うか」とコメントを求める事態も起きました。それくらい芸能ゴシップが凄かったんですけど、オバマ政権の時代にどんどん変わっていきました。
女性差別的でセレブをいじめていたタブロイド文化の存在感が一気に少なくなったんです。大きな要因は、ソーシャルメディアが普及したこと。ゴシップメディアが適当なことを書くと、セレブはツイッターやインスタグラムですぐ反論できるようになりました。逆にメディアがセレブのソーシャルメディアの投稿を後追いで報道するようになったんです。
そこで台頭したのが「自分の個性や見た目を肯定しよう」というエンパワメント系でした。日本でも資生堂の広告でレディー・ガガが「あなたらしい美を応援する」と打ち出していました。(「Be yourself./Lady Gaga with SHISEIDO」2015年)
そういう配信プラットフォームの地殻変動によって、人々の価値観やコンテンツが影響を受けるのが面白いなと思ったんです。ポップカルチャーには社会の変化が反映されることを意識するようになりました。
――レディー・ガガは最初に取り上げられていましたが、ポップミュージックの世界で「アイデンティティ政治」を広めた存在だとしていました。
リベラルな「アイデンティティ政治」の代表的な例は、特定のジェンダーや人種など、社会で抑圧されるマイノリティのアイデンティティに基づいて、その不平等を是正していこうという運動です。ガガの「Born This Way」は、どんな肌の色、人種、セクシュアリティの人でもみな美しく肯定されているという歌詞で、そうした信念をわかりやすく示したヒット曲と言えます。
――2010年代はそうした「アイデンティティ政治」が広がったことを指摘しています。例えば、女性の権利にまつわる意識の変化が大きかったと。2010年代のはじめ頃はアーティストがフェミニストを自称することに抵抗があったとしていますね。
そうなんですよ。(フェミニストを自称するセレブリティが多い)今から考えると「本当?」という感じなんですけど。レディー・ガガは2009年にそう呼ばれることを否定しました。2012年にはテイラー・スウィフトやケイティ・ペリーも「フェミニストではない」と宣言しています。その理由としては「男性が嫌いじゃないから」「男女の敵対でものを考えないから」というスタンスが定番だったんですね。ポップミュージックの世界で「フェミニスト=過激な男性嫌悪の人」というイメージがあったということです。
しかし、ガガやビヨンセが「男性嫌悪という意味じゃない」と打ち出していきます。特にビヨンセが2013年にリリースした5thアルバム「Beyoncé」で「フェミニストは社会の不公平を是正しようとする人だ」と大々的に打ち出しました。楽曲「***Flawless」でナイジェリアの作家、チママンダ・ンゴズィ・アディーチェのTEDスピーチを約1分にわたりサンプリングしたんです。(フェミニストは「性別間の社会的、政治的、経済的平等を信じる者」と演説)それが当時凄く衝撃だった。一気に状況が変わったと思います。
――そうした流れの中で、映画業界を中心とした「#MeToo運動」も出てきたということでしょうか?
2017年の「#MeToo運動」活性化の前からもそうした問題意識は盛んでした。その前年には、スタンフォード大学の白人のエリート学生が起こした性暴行事件の刑が軽すぎることが問題になったりしていました。(「#MeToo運動」以後は)女性やマイノリティの人たちが、ハラスメントの被害を受けた時に、ちゃんと告発して言い返してもいい。そんな雰囲気が多少なりとも根付いたと思います。
世界中に広がる「ブラック・ライブズ・マター」
――本書では、黒人差別の問題を取り上げていました。ラッパーのケンドリック・ラマーの章では、黒人のスターがグラミー賞の最優秀アルバム賞を獲れない理由を「票田」の規模の観点から解説していました。そして本書刊行後の今、「ブラック・ライブズ・マター」(以下BLM)のプロテストが大規模に起こっています。
アメリカ全体および他国にまで広がっています。大まかな流れとしては、まず、白人警官に首を押さえつけられたジョージ・フロイド氏が「息ができない」と苦しみながら死に至るまでの約9分間の映像がインターネットで拡散しました。あまりに凄惨な内容だった。にもかかわらず、当初は関与した警察官4人のうち訴追されたのは実際に暴行した1人のみでした。許されるべきではない不平等ということでデモが広がり、現地ミネアポリスを含めて一部が暴徒化していきました。
他にも、ニューヨークの公園で飼い犬にリードをつけていないルール違反行為をした白人女性が、黒人男性から注意を受けて激昂している動画も拡散されていました。そのなかで女性は、警察に通報の電話をして「黒人男性が私の命を脅かしている」と人種を強調して叫んでいます。アメリカで暮らす黒人男性は犯罪者扱いされやすく、警察に目をつけられたら殺されかねない。当の女性がそれを脅しに使っていたとしたら非常に悪質です。
――2014年にもニューヨークで黒人のエリック・ガーナー氏が白人警官に首を締め付けられ死亡した事件が起こり、BLMのプロテストが広がりました。今回は前回よりも規模が非常に大きいですが、前回とはどのような点が変わったのでしょう?
まだ言えることは少ないですが、今(6月初旬)の時点で浮かびあがっている2014年との違いは、マジョリティたる白人層に大きな変化が起こったことです。
ABCニュースとイプソス社(世論調査会社)が6月初めに行った調査では「フロイド氏の事件は(人種差別とは関係のない)単独の事件か、警官の人種差別を反映する広範囲の問題か」という問いに対して、全体の74%が「広範囲」と答えました。2014年の調査では「広範囲」は43%でした。つまり、多数派が逆転しました。主要因とされるのが白人層の変化で、14年は「単独の事件」と回答したのが60%でしたが、20年には「広範囲」が70%に転じています。
他に指摘されているのは、新型コロナウイルスが特に黒人社会に深刻な危機をもたらしていた点です。人種間格差が根づくアメリカでは、経済、労働、健康面などで、悪い立場に立たされている黒人市民が多くいます。6月9日までの調査に基づくと、アメリカのCOVID-19の死亡率は黒人が白人の約2.4倍でした。フロイド氏の動画が拡散する前から人種間の格差が浮き彫りとなり、コミュニティに重くのしかかっていました。ビヨンセも新型コロナウイルス危機にまつわる人種間格差を問題視し、地元ヒューストンで検査キッドや栄養サプリを配るなどしていました。
正直、アメリカ合衆国のはじまりまで辿らないといけない問題だと思います。警官の問題の他にも、黒人の人々が不動産などの資産を持ちにくい状況も今に始まったことではありません。アフリカ系アメリカ人の境遇を描いてきた著名な映画監督スパイク・リーは人種差別について「アメリカで400年も続いている」「世界規模のパンデミック」だと語りました。
――他にセレブリティはどのような発信をしていますか?
「セレブリティ全体」で語ることは難しいですが、『アメリカン・セレブリティーズ』で取り上げたような「国際的に人気がある、多くはリベラルなセレブリティ」の場合、BLM支持の表明が盛んです。プロテストに参加したセレブも多くいます。暴徒化や略奪といった情報が多く報道されている中で、(歌手の)アリアナ・グランデは平和なデモの様子をシェアしていました。(歌手の)ホールジーは穏やかにプロテストしていたにもかかわらず、警察からゴム弾を打たれたことを報告しました。
また、同時期に人気ドラマ『glee』(2015年に終了)の主演白人女優リア・ミシェルに関する人種差別的なイジメの疑惑がSNSで騒ぎになっていました。同作に出演した黒人女優アンバー・ライリーは、リア・ミシェルについては冷静に庇いながらも、撮影現場でひどい目に遭わされる黒人俳優が多いこと、白人俳優は黒人俳優に何を言われても解雇されないことをわかって横暴な行動に出ていることなどを明かしました。
マイノリティ人種が活躍しているように見えるショービズでも、黒人の人々は不平等な立場にあることが分かる話だと思います。
アメリカのカルチャーのこれから
――今後のアメリカのポップカルチャーにどのような影響を与えると思いますか?
コンテンツ表現に関しては、おそらく新型コロナウイルスとBLMの影響が見られる作品が増えていくはずです。
レディー・ガガは新アルバム「クロマティカ」を発売したばかりで、おそらく最も宣伝活動を行う時期にあるはずなんですが、BLMイシューに専念しています。4200万人以上のフォロワーを抱えるインスタグラムのアカウントを、彼女が寄附した団体に明け渡し、ブラックコミュニティの人々の声を伝えるとしました。これまでも「セレブリティとしてのインフルエンスを社会のために活かす」スタンスをとってきたガガですが、ソーシャルメディア時代ならではのやり方だと思います。セレーナ・ゴメスもインスタグラムで同様のことを行いました。
11月に行われる大統領選挙もポイントかもしれません。トランプとバイデン、どちらが勝っても、ポピュラーカルチャーからの反応が大きいと思います。
そして今回のBLMが選挙における一つの軸になるかもしれません。先ほどの白人層の意識変化以外にも、実はトランプ大統領が提案する抗議への軍動員については、それなりに支持率が高いんです。モーニング・コンサルトの世論調査では、5月末には全体の55%が支持、民主党員は48%、アフリカ系は37%でした。数日後には全体は42%、民主党員20%支持に低下しましたが。共和党員の場合、2調査とも支持率70%台をキープをしていました。
つまり、今回のプロテストの特に暴動・略奪の部分が、選挙戦略に組み込まれる可能性があります。今回のBLMがトランプ政権の支持率に響くかもしれませんが、一方でバイデンに対しても「民主党のリーダーたちは暴動や略奪を野放しにした」といったネガティブ認識が広がるかもしれません。
――コロナウイルスによるポップカルチャーへの影響については、どんな動きがあるのでしょう?
BLM運動活発化より前の話になってしまいますが、「家にいよう」と啓発するような曲を出すアーティストが出てきていました。ジャスティン・ビーバーとアリアナ・グランデはコラボしてチャリティシングル「Stuck with U」を発表しました。ファンから映像を募って、ミュージックビデオを完成させました。ソーシャルメディアなどのテクノロジーの普及があったから可能になったと思います。
今後はバーチャルコミュニケーション系がよりエンターテインメントの世界で活性化していくと思います。例えば、ラッパーのトラヴィス・スコットが「フォートナイト」というゲーム上で、バーチャルコンサートをやったんですね。観客はオンラインでリアルタイムで参加できました。それが結構凄くて、トラヴィスが最初ゴジラ並の巨大な姿で出てきて、用意されていた野外ステージを潰したんですね。まずそれで皆びっくりした。曲ごとに水中世界などに変わっていき、最終的には参加者はアバターとして宇宙空間を飛ぶことになりました。
――とんでもないですね。
そうなんですよ。前代未聞でした。環境的にも技術的にもゲームならではのバーチャルなライブができるようになったことが立証されました。今後はバーチャルコミュニケーションの表現が増えていくと思います。
あと最近見かけたものでは宇宙関連がアツいようです。ZOZOの前澤さんで話題になった、イーロン・マスクのスペースX社のロケット計画が結構うまくいっているらしくて。同社の有人宇宙飛行の成功を受けて、経済誌フォーブスでは民間資本の宇宙ビジネスが活発になるという「宇宙資本主義」を取り上げていました。トム・クルーズが映画を宇宙で撮影するという話もあります。今後、ポピュラーカルチャーの、特にトップスター領域で、宇宙関連の話題も盛り上がっていくかなと思います。