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誰もがホームレスになる時代、やり直せる社会を作りたい 社会起業家・川口加奈さんインタビュー

文:太田明日香 写真:平野愛

最初はホームレスに偏見があった

 新今宮駅のすぐそばには、日本でも有数の日雇い労働者のまち釜ヶ崎が広がる。当時は建設不況の影響でホームレスとなった人が多く、問題になっていた。この本では川口さんがホームレスの人を親しみをこめて”おっちゃん”と呼んでいるが、中学時代に炊き出しに参加した当初は川口さんにも偏見があったそうだ。本ではそれが解けていく様子が正直に描かれている。

 「最初はホームレスの人に対して『もっと勉強したらよかったんじゃないの』とか、『がんばれば仕事って見つかるんじゃないの』と思っていました。怠けたくてやっている、やりたくてやっているから支援しなくていいんじゃないかという気持ちもあったんです。でも、ほんとうはどうなのかという気持ちもあって。実際にその疑問を調べようとしてもそういう問いに答えてくれる本がなくて悩みました。だから、当時の自分へのアンサー本として書いたところはあります。当時中高生がホームレスの襲撃事件を起こして、わたしもちゃんと知らなければ起こす側だったかもしれないと思いました。そういった当時の気持ちもできるだけ正直に書いてます。活動を丁寧に伝えると偏見が解ける瞬間があるので、講演会などではできるだけいろんな角度からホームレス問題について話したりするんです。読んだ人に何かひっかかってもらえたらと、自分の偏見が解けていく過程は結構しつこく書きました」

 高校生となった川口さんはボランティア部で啓発活動や夜回りを中心に活動を続けた。ところが、あることをきっかけにそれだけでは根本的に解決にならないと気づき、ホームレス研究で有名な大阪市立大学に進学。ホームレス状態になった人が再チャレンジできる場作りを目指して、友人たちとNPO「Homedoor」を設立。2012年、放置自転車を修理してシェアサイクルとして貸し出すHUBchariをスタート。顔を突き合わせておっちゃんたちのニーズを探り、それを解決するための事業を実証実験を繰り返しながら立ち上げる過程は、ビジネス本としてとても面白く読み応えがある。HUBchariはおっちゃんたちの雇用と放置自転車問題を解決する新しいビジネスモデルとして注目を浴び、数々の賞を受けた。事務所に並ぶ表彰状の数に圧倒されるが、川口さんは特別なことをしたわけではないという。

 「わたし自身が何かしたというよりも、行動するうちに次の課題が見つかってそれをやっていっただけというところがあります。メンバーが辞めてしまったり、協力してくださる企業が見つからなかったり、どんなに困ったことがあっても、どうにかなったのが自分でも不思議なところですね。一つ言えることがあるとしたら、発信を続けてきたのがよかったのかなって。自分はこういうことしたいって気持ちを発信することで企業さんとのご縁があったり、新たな出会いがあったりしました。また、機会が巡ってきたときに、それを逃さないようにするとか、人に紹介された時にちゃんと関係を作るとか。そのための準備を入念に常日頃していますね」

 そう淡々と語る川口さんの姿には、説得力がある。大きな仕事をするのに、近道があるわけでもないし、突飛なことをする必要もない。課題を見つけそれを解決するために行動し、その結果をまた現場に生かすという地道なことを繰り返してきただけ。その姿は仕事する人の参考にもなるだろう。

アンドセンターは17歳の時にこんな施設があったらいいなと思い描いていた夢を形にしたもの。本にはそのとき描いたイラストが

新型コロナでホームレス事情は一変

 Homedoorを設立して今年で10年。変化も現れてきた。当初は中高年男性の相談が多かったが、最近は相談者の若年化に加えて外国人や女性、LGBTの人など多様化しているそうだ。さらに、新型コロナウイルスの流行により、これまでになかった層からの相談も増えてきているという。

 「飲食店を経営している人が店を閉めなければいけなくなって借金で一気に困窮状態に陥ったり、手に職がある美容師さんが自粛期間中に美容室が閉まってしまったせいで厳しくてとか。コロナ前からも『まさかそんな人が』という人からの相談はありましたが、コロナによってそれが加速しています」

 そもそも、自己責任や努力が足りないと言うのはホームレス状態になることが例外だと思うからだろう。しかし2019年、Homedoorに来た相談者の平均年齢は40.1歳。誰もがホームレスになってもおかしくない、現在進行形の問題だ。現在Homedoorでは、次のステップに移行する間に無料で滞在できる個室の宿泊施設・アンドセンターを運営しているが、現在は18室すべて満室だという。それほど切羽詰まった人が多い状況なのだ。宿泊施設を作ったのは2018年。住所がないと就職活動ができず、路上生活では食費やコインランドリーや銭湯といった出費が嵩み、家を借りるための貯金をするのも難しいからだった。

 「ホームレス状態という最もしんどい時だからこそ、いい部屋でいい食事をとって、ちゃんとした生活を送ってほしい。困ってどうしようもない時ほど、ゆっくり自分自身を見つめる時間が必要ではないでしょうか。前向きなことって、ちゃんと3食とって、規則的な生活を送って自分と向き合う時間があって生まれてくると思うんです。行政の提供するシェルターや自立支援施設は250人1部屋や8人1部屋というもので、集団生活に馴染めずに路上生活を送り続ける人もいます。ただ、路上から脱出したいと思ったら選択肢がたくさんあるほど脱出できる確率があがると思うんです。そういった施設とは違う角度で違う支援があることで、選択肢が増えるんじゃないかなと思います。」

一人一人の異なる人生を支援

 川口さんの次の目標は、隣のビルを改装してカフェにすることだ。

 「おっちゃんたちは自転車修理を得意とする人が多い点に着目してシェアサイクルを始めましたが、若い世代には合わない部分もあって、新しい仕事作りが必要だと考えています。そこで、アンドセンターに滞在中にカフェで就労支援を受けながら、健康的な食事も食べられるといったような機能を加えることで、これまで職を転々としてきた人に対して、働く中で何が課題か見えてくるのではないか、次の仕事探しに向けてのアドバイスができるんじゃないかと思います。また、この辺りにはゆっくりと過ごせるカフェがないので、地域の人が集える場を作って、Homedoorのことも知ってもらえたらと思っています」

 こんな大きな課題に挑戦している川口さんは正義感や情熱に溢れている人かと思いきや、本に登場するおっちゃんからの差し入れのケーキやカップ麺で太った、物忘れが激しくてメンバーに突っ込まれてしまうといった等身大のエピソードに思わず笑ってしまう。また、「おっちゃんたち」も個性豊かで人間味にあふれている。読んでいるうちに、「ホームレス」として見ていた人たちは一人一人の人間で、それぞれに人生があることがわかる。

 「誰もが何度でも、やり直せる社会を作りたい」という14歳の川口さんが抱いた目標はとてつもなく大きいものだった。しかし、川口さんの行動力とそれに呼応するかのように協力してくれる人たちの力によって、少しずつそんな場が実現しつつある。先行きが見えない世の中では、悲観的になったり不安に駆られてどうしようもない気持ちになったりする。だけど、こういう場所があるから自分の人生を投げ出さないでほしい。人の優しさと人生の可能性に触れることができ、世の中捨てたもんじゃないなと思える本だ。

※ホームレス状態の人に対して何をしたらいいかわからない人は、Homedoorのホームページから、困っている人に向けたチラシがダウンロードできるので、渡してみてほしい。直接声をかけるのが難しければ、炊き出しや夜回りに参加したり、支援団体に寄付するというのも一つのやり方だ。