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「セルフケアの道具箱」伊藤絵美さんインタビュー メンタルの不調を助ける100の方法とは

文:小沼理、写真:有村蓮

調子が良い人の健康維持にも

——本のタイトルにもある「セルフケア」とはどんなもののことなのでしょうか。

 セルフケアは「自分で自分を上手に助ける」ということです。私は心理カウンセラーとして約30年にわたってクライアントにカウンセリングを提供していますが、元気になっていったクライアントはみんなセルフケアがとても上手になっています。セルフケアは回復の「鍵」だと言うこともできますね。

 セルフケアは調子が良くない人だけのためのものではなく、調子が良い人が実践すれば健康を維持できるものでもあります。自分をケアすることはとても大切ですし、ぜひ調子が良い人にも実践してほしいと思っています。

——そんなセルフケアの手法を紹介する本を書こうと思ったきっかけを教えてください。

 カウンセリングは継続的に粘り強く取り組む必要があるので、時間もお金もかかります。世の中にいる困っている人、苦しんでいる人の数に比べて、カウンセラーが少なすぎるという問題意識がありました。

 本というかたちで私のセルフケアの考え方や手法をお伝えできれば、カウンセリングを受けるよりもお金がかからず、自分の生活の中で取り組めるのではないかと考えたことがきっかけです。

——『セルフケアの道具箱』では、そんなセルフケアの方法(ワーク)を10段階で各10個ずつ、計100通り紹介していますね。細川貂々さんのイラストや、伊藤さんの語りかけるような文章も心地よかったです。

 それは良かったです。書く時に念頭に置いたのは、苦しくて本を読む気力がない人のこと。そういう人に読んでもらえる本にするにはどうすればいいか、とても考えました。

 イラストがあると熟読しなくてもどんな風にすればいいのかぱっと理解できるので、すべてのワークに描いてもらっています。文章に私が登場するのも、対話をしているような雰囲気になったらいいなと思っていました。「好きな人、好きだった人、あこがれの人の名前をかき集め、イメージする」というワークでは、「バカボンのパパ」が大好きだと書いています(笑)。

——まさにカウンセリング室でお話をしているような気分で読みました。ワークをはじめる前には、「苦しさのものさし」「しあわせのものさし」で自分の心身の状態をチェックします。

 自分がどれだけ幸せか、苦しいか、それぞれ数値化してみるものですね。この本では専門的な用語は極力使わないようにしているのですが、「外在化」という言葉はとても大切なので、頻繁に使っています。

 外在化とは心身の内側で起こったことを、紙やスマホといった外側の媒体に出すことを言います。二つのものさしを使って数値化するのは、そんな外在化の第一歩になりますね。

——苦しさだけではなくて幸せもチェックするのが意外でした。

 苦しさと幸せは両極端のように思われますが、別のベクトルを持っているものなんです。「苦しいけど幸せ」という人もいるので、両方チェックするのが大切です。それに、セルフケアの到達点は「苦しくない」じゃなくて「幸せだ」と感じられることですから。

苦しさを受け入れることから

——第1章「とりあえず、落ち着く」の最初のワークは「自分の苦しさを認めて受け入れる」。「つらくてたまらない」といった心の叫びを文字に書いたり、実際に叫んだりするものですが、これも外在化です。

 女性より男性に多いのですが、苦しい気持ちを感じないようにしたり、見ないふりをしたりするのが一番よくないんです。苦しさを感じちゃいけないと思い込んでいる人はけっこういるので、このワークができるようになることは最初の大きな一歩になります。

 第1章で他に紹介しているのは、「大きな布やストールや毛布にくるまれる」、「大げさに息を吐きまくる」など。ここで紹介しているワークはその場ですぐにできるものばかりなので、まずは実践してみてほしいです。

——どれもやってみると気持ちが落ち着きますが、本当に苦しい時はそれすら思いつかないので、まさに道具箱のようだと感じました。第2章では「誰かとつながる」ことが書かれていますね。

 セルフケアというと自分一人でやるものというイメージを持たれるかもしれませんが、いろんな人に頼ることも大切。そうした気づきがあったという反響はよくいただきます。

 自分を助けてくれる存在を書き出す「サポートネットワークを書き出してみる」というワークがあるのですが、「自分にはそんな価値はない」と思ってしまって、ネットワークの中心に自分が入ることをうまく想像できない人もいるかもしれません。だけどまずは自分の気持ちで、その人の存在がサポートになると感じたらどんどん書いてみてください。

Twitterの鍵アカで「ストレス日記」

——第3章以降でも自分を助けるための方法がたくさん紹介されています。何にストレスを感じたかをその都度外在化する「ストレス日記をつける」というワークでは、伊藤さんがTwitterのフォロワーゼロの鍵アカウントでストレス日記をつけていると書かれていて、これもセルフケアなんだと驚きました。

 あのアカウントは絶対に誰にも見せられません(笑)。もしかすると、セルフケアだと思わずに同じような使い方をしている人もいるかもしれませんね。

 セルフケアは「これは自分助けのためにやっているんだ」と思うだけで効果が高まります。今まで「なんとなくすっきりするな」と思ってやっていたことを自覚的にやるだけでも違うと思いますよ。

——一粒のレーズンを五感を使ってとにかくじっくり味わう「レーズンエクササイズ」など、面白いものもありました。

 有名なマインドフルネスのワークの一つですね。レーズンを一粒食べるのは意識しなければ3秒で終わってしまいますが、眺めて、においを嗅いで、指先で触って……とすごく丁寧に味わうことで、その中にいろんな行動や思考や感覚が詰まっていると感じられます。それがわかると自分の体験を大切にできて、それは自分を大切にすることにつながっていきます。

——とにかく自分の心身が何を感じているかに目を向けて、きちんと外在化することが大切なんですね。でも、そうして気づくだけで心が楽になっていくのは不思議な気がします。

 外在化の効果は自分や状況を客観視できることにあります。心理学では「ディスタンシング」と言うのですが、客観視して距離をとることで、もやもやしたものに巻き込まれた状態を脱することができます。

 その上で、自分が感じたことを否定せず、受け止めてあげることが大切。カウンセリングでもクライアントが言ったことを否定せず、「そう感じちゃったんだね」と受け止めることに意味があって、それを自分で自分にやってあげられるようになるとすごく良いと思います。

一つダメでも99ワークある

——改めて本をみてみると、まずは落ち着いて、ストレスに気づいて外在化する練習をして、それを受け止めて……と、まさに段階的に生きづらさから回復していく構成になっていると感じました。

 私の持っている知識を総動員しながら、無理なくセルフケアについて学べる作りを目指しました。

 紹介しているセルフケアの手法は、どれも地味なものばかりです。一度やっただけでめざましい効果があるものではなくて、何度も繰り返し続けることで効果が出てきます。

 なかなか効果が感じられなくて途中で投げ出したくなることもあるかもしれません。そんな時は「投げ出したいと思った」自分の気持ちを受け止めて、簡単で時間のかからないワークでいいからとにかくやってみてください。

——自分の状況に合わせて、小さなことでも続けていくことが大切だと実感しました。

 実は私自身も昨年は体調を崩したり、家族が病気で倒れたり、人生最大のピンチを迎えていました。今も心身の調子には波があるので、Kindleでこの本を買って、日常的に取り組んでいるんです。「良いこと書いてあるなあ」なんて思いながら(笑)。この本で、日々生きているのが苦しい人の気持ちが少しでもやわらぐといいなと思っています。

 なんといってもワークは100個ありますから。一つダメでも残りの99個がありますから、きっと絶望せずに続けられると思います。