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赤江瀑の幻想譚、流刑地サハリン、孤島のゾンビ…水の彼方にある異界の恐怖3作

文:朝宮運河

 1970年「ニジンスキーの手」で彗星のようにデビューして以来、美と幻妖の世界を描き続けた赤江瀑。同時代に活躍した中井英夫をはじめ、皆川博子、篠田節子ら名だたる書き手が讃辞を惜しまない〝伝説の作家〟の代表作を3巻に収めるシリーズ〈赤江瀑アラベスク〉の刊行がスタートした。
 第1巻となる『天上天下 赤江瀑アラベスク1』(東雅夫編、創元推理文庫)は、泉鏡花賞受賞作の『海峡――この水の無明の眞秀ろば』、今回が初文庫化となる『星踊る綺羅の鳴く川』、幻影の天守閣をめぐるオカルト・ロマン『上空の城』の3長編と、貴重なロングインタビュー、エッセイを収録している。映画化された初期の傑作『オイディプスの刃』が新たに文庫化されたり、特集ムックが刊行されたりと、近年は赤江文学再評価の機運が高まりつつあるが、本シリーズもそうした動きをさらに推し進めてくれそうだ。

 『海峡』は、山口県下関出身の著者が、「道なき水の境域であると同時に、その水が見せるあやかしの道、水上に見える筈のない姿を見せる蜃気楼の街道」である海峡について、自らの体験や夢で見た光景などをもとに綴った連作エッセイ。いずれのパートも濃密な幻想性が立ち籠めているが、とりわけ溺死者について論じた「海は海人のように」、京都の血天井への思いを綴る「血天井・苦海のように」の2章が忘れがたい。
 『星踊る~』は、歌舞伎を思わせるきらびやかな世界観の幻想小説。「静謐の大暗黒に領された死の国」に、この世ならぬ美女たちが次々と現れてくる。泉鏡花の戯曲『天守物語』を念頭に置いたというだけあって、その怪しさ美しさは全赤江作品中でもトップクラス。「魔法の鳥に、消えていただきましたんですよ。その極彩色とやらの咽首を、ちょいとこう……一捻り」といった凄みのあるセリフに圧倒された。
 『上空の城』は、非在の城に魅入られた女性が、日本各地を旅してまわるというミステリー仕立ての長編で、この本では一番エンタメ色が強い。もっとも現実の向こうには魔界が黒々と口を開いており、ラストまで気が抜けない。「結びつかないような世界を結びつけてしまう」(インタビューより)赤江のアクロバティックな小説作法が、遺憾なく発揮された名作だ。
 現代幻想文学の発展をリアルタイムで追ってきた編者・東雅夫氏による解説も読み応えあり。唯一無二の作風ゆえ、既存のエンターテンメントからも純文学からもはみ出してしまう赤江の文学を、鏡花・三島の系譜に位置づけて評価している。

 海峡の向こうに異界を幻視したのは赤江瀑だけではない。現代ロシア作家エドゥアルド・ヴェルキンの『サハリン島』(北川和美・毛利公美訳、河出書房新社)は、北海道とは宗谷海峡で、ユーラシア大陸とはタタール海峡で隔てられたサハリンを舞台にしたSF長編だ。
 舞台は近未来、核戦争によって欧米諸国は壊滅、さらにユーラシア大陸ではMOB(移動性恐水病)と呼ばれる伝染病が広まる。かろうじて難を逃れた日本は大日本帝国を復活させ、サハリン島と北方領土を支配下に置く。東京帝大の応用未来学者シレーニは、学術調査のため巨大な流刑地となったサハリン島に上陸。そこで彼女が目にしたのは、まさにこの世の地獄のような眺めだった。
 荒廃した工業都市と、町をうろつく無数の囚人。「這い這い教」なる奇妙なカルトの蔓延、苛烈な民族差別、テロの横行、「ニグロぶちのめし」と呼ばれる野蛮な娯楽への熱狂――。「迫りくる混沌の力を押しとどめる最終防衛線」であるサハリン島では、どんな不条理も起こりうるのだ。シレーニと〈銛族〉の青年アルチョームは、さまざまな危機に見舞われながら、サハリン南部の町を訪ね歩いてゆく。
 「最近十年で最高のロシアSF小説」という本国での評価も伊達ではない、すさまじいイマジネーションに満ちた終末的ロードノベルだ。陰鬱な物語であるにもかかわらず、語り口はどこかユーモラスであり、壮大なおとぎ話を読んでいるような気にもさせられる。ここ最近読んだ海外文学では、ピカイチの面白さであった。建築家のチカマツ、元詩人のシンカイといった日本人名にも思わずにやり。

 もう一冊、海の向こうにある異界の物語を紹介しよう。五十嵐貴久『バイター』(光文社)は、「リカ」シリーズの著者が放った本格ゾンビ小説だ。
 伊豆半島沖の大川豆島で、正体不明の感染症が発生。感染者は高熱を出して死亡した後、血肉を求める凶暴な存在となってよみがえる。日本政府はそれを「バイター」と命名。部活の合宿のため島に滞在していた総理大臣の娘・彩香を救い出すため、自衛隊と警察の混成チームが派遣される。無数のバイターがうろつく島で、SAT(特殊部隊)隊員・藤河ら7人は、彩香を見つけることができるのか?
 ドラマ「ウォーキング・デッド」の成功で、いまやエンタメの一ジャンルとして定着した観のあるゾンビもの。類似作が多いだけに、どこで新味を出すかがクリエイターの腕の見せ所だが、本作は島という限られた空間を舞台にすることで、絶妙な効果を上げている。逃げ惑う彩香たちと、島を捜索する藤河たち。出会えそうでなかなか出会えない両者の距離が、強烈なサスペンスを生んでいるのだ。それにしても、闇に包まれた島をうろつくバイターたちの恐ろしいことよ。ゾンビはやはり恐怖の対象でなくては、とあらためて痛感した。
 コロナ時代の現実と切り結ぶかのような、暗澹たるラストシーンも必読。日本語で久々に書かれた、ゾンビ小説の良作である。映像派の方にも自信をもっておすすめしておきたい。

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