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筋ジスの歌人・冬道麻子さん、第5歌集「梅花藻」 一首詠うごとに、湧いてくる生命力

冬道麻子さん。2019年9月、携帯で自ら撮影

 冬道さんは静岡県三島市出身。9歳の頃から身体の不調を感じ、21歳で筋ジストロフィーと診断された。

 短歌結社「塔」に入会したのは、26歳のとき。創設者の故・高安国世さんに師事した。28歳のときに、岐阜県可児市に両親と転居して以来、同市に暮らす。1984年、33歳で第1歌集『遠きはばたき』を出版し、精力的に歌を詠み続けてきた。

 第4歌集刊行から今回の『梅花藻』まで17年余。この間、闘病を献身的に支えてきた父が逝った。

 《寂しがりの父が一人で死ねました 妻も娘も連れてゆかずに》

 一心に冬道さんの介護を続けてきた母も老いていく。

 《跪きわれのベッドに顔伏せて母はしずかに「疲れた」と言う》

 母が認知症を患い、特別養護老人ホームに入ると、介護の担い手はヘルパーに替わった。

 《ありがとうと言うより言われる人生を生きたし丈夫に生まれたかりし》

 第1歌集の刊行前から見守ってきた歌人の永田和宏さんは、「ベッドから見える世界は限られているけれど、かえって感覚を鋭く研ぎすまし、想像力も豊か。これまでにさまざまな葛藤があったはずだが、毅然(きぜん)と詠っていて、精神力の強さを感じる」と話す。

 《こそばゆき顔のあたりよ雉鳩が歩みおるらん仰臥の屋根を》

 歌人の花山多佳子さんは、「目に耳に、鳥や虫のいのちを感じて、その生命力を自分に吹き込む。その交感が冬道麻子の源泉なのだ」と解説を寄せた。

 《塗り潰すごとくに蟬は鳴きおれど耳を澄ませばなおある隙間》

 今回の歌集のタイトルは、少女時代を過ごした三島の湧き水に咲く白い小花「梅花藻」から採った。同郷の詩人、故・大岡信さんは冬道さんの作品を高く評価し、朝日新聞で連載していた「折々のうた」で5首を紹介している。

 《握力計の知らざるちから身にありて4Bの鉛筆に文字現わるる》

 「握力計にはもう現れもしない力がこの身には潜んでいて、4Bの鉛筆を握れば、ふしぎや、文字となってその力が現れ出る、紙の上に。歌を作ろうとする意志、その集中が、瞬間に生み出すものの偉大さ」と大岡さんは書いた。

 この記事の執筆にあたり、メールで冬道さんに歌に込める思いを尋ねると、次のような返事が届いた。

 「この世に生きている『私』を知って頂きたいと、短歌に表現するようになりました。私の思考や感情を解(わか)って頂きたいという一心でもありました」「観察力、集中力、記憶力、思考力、表現力を全開にして詠います時間は、病身を忘れることができました。もちろん、インスピレーションの作品もあります」

 なぜ、短歌なのか。

 「それは短歌の調べが私の気息に合っていたからです。歌集の出版は更なる生きがいとなりました」と冬道さんはメールにつづる。

 「一首詠いますと、たとえそれが病気の歌でも、ストレスが発散され、生命力という力が湧いてくるのです」(佐々波幸子)=朝日新聞2021年6月9日掲載