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岩井志麻子さん「でえれえ、やっちもねえ」インタビュー 「孤独地獄」を思いだし、22年を経て原点回帰

岩井志麻子さん=伊藤菜々子撮影

 先の世紀末、岡山弁を駆使した一冊の怪談集がベストセラーになった。岩井志麻子さんのデビュー作『ぼっけえ、きょうてえ』。その「正統後継作」をうたう『でえれえ、やっちもねえ』(角川ホラー文庫)が刊行された。岩井さんにとって、実に22年ぶりの原点回帰。執筆のきっかけはコロナ禍にあった。

 最初の緊急事態宣言下、友人との飲み会も、大好きな海外旅行も、テレビの出演もすべてなくなった。家にこもるしかなくなり、二十余年前の記憶がよみがえった。短編「ぼっけえ、きょうてえ」が文学賞を受けたのを機に離婚、先の見えないまま、岡山から独り東京へ出てきた。

 「孤独地獄の中、小説を書くしかない状態で生まれたのがあの本でした。今は仕事もあるし友人もいるけど、当時を思いだして。執筆したときの資料を読み返したんです」

 『でえれえ、やっちもねえ』は年頭から書き下ろした4編を収めている。表題作は虎狼痢(コ・ロ・リ)(コレラの異名)が蔓延(まん・えん)する明治の岡山の寒村が舞台。家族を失った少女が、日清戦争に出征しているはずの恋人そっくりの「何か」と交わり、人とも獣ともつかぬ赤子を産み落とす怪異譚(たん)だ。

 「昔から、半人半牛の妖怪・件(くだん)をはじめ、人と獣の間に生まれた存在が好きで。コレラに対して、当時の田舎はまじないや民間療法で対処するしかなく、いまの目から見ると、正気か?と思うようなことを信じていた。でも、コロナ禍も当初はダチョウのエキスが効くとか怪しい話が広まってましたよね。何も変わらんな、と驚いた」

 流言飛語に踊らされる人々の姿は「大彗星愈々(だい・すい・せい・いよ・いよ)接近」にも。明治43(1910)年のハレー彗星接近時、空気がなくなると信じて、自転車のチューブを買い占めたり、洗面器で息を止める練習をしたりする人々が描かれる。

 「ハレー彗星って何十年かおきに来ているわけだから、邪悪なものだったらとっくに地球は滅びている。コロナウイルスも自分を増やしたいだけなのに、人間の方が買い占めなどで勝手にパニックになっている。悪意も敵意もない彗星やウイルスより、人間の方が怖い」

 本作のタイトルは岡山弁で「物凄(もの・すご)く、怖い」「とてつもなく、困る」と文中に記されているが、「やっちもねえ」は標準語にしづらい言葉だ。

 「変だ、困る、悪い、酷(ひど)い……訳すのは難しいけど、どこかときめく。岡山弁で書くのは私のなかで特別なこと。コロナ禍で私にしちゃあモノを考えてみて、小説を書くしかとりえがない自分に改めて気付いた。原点に戻ったなと感じてます」(野波健祐)=朝日新聞2021年7月14日掲載