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高橋和枝さんの絵本「うちのねこ」インタビュー 1匹の野良猫が2冊の絵本に

縁あってやって来た元・野良猫“シノビ”

―― 『うちのねこ』のモデルとなった猫が、高橋さん宅にやって来た経緯を教えていただけますか。

 うちの猫、シノビはもともと野良猫でした。坂本千明さん(イラストレーター)が青森のご実家の庭で出会って、エサをあげていたそうです。なかなか人前に出てこないのだけれど、なんとなく印象に残る猫で、千明さんが毎日のようにSNSでシノビのことを投稿されていたので、人気になっていたみたいで。

 その後、千明さんが保護して、大変な思いで人馴れ訓練をされたそうなんですが、千明さんの家にはすでに猫が2匹いて、一緒に飼うのは難しかったので、猫に慣れていて、静かな環境で飼える里親を探していたらしいんですね。そこで5年前の4月、共通の友人を介して、推定2歳の元・野良のオス猫を引き取らないかと連絡をもらいました。

『うちのねこ』(アリス館)より

 私は当時SNSをやっていなかったので、シノビのことは知らなかったんです。千明さんとも面識はあったけれど、それほど話したことはなくて。一番に連絡をもらったのが私だったようですが、最初はお断りするつもりでした。なぜかと言うと、その年の3月に長年一緒に暮らしていた猫を亡くしたばかりで、気持ちの整理がつかなかったからです。

―― でも最終的には里親になる決断をされました。

 一晩寝て起きたら、考えが変わったんです。じつは私、連絡をもらったときに「推定12歳のオス猫」と聞き間違えていたんですね。なぜ12歳の猫を今さら保護して、引き取り手を探しているんだろう……と不思議だったんですけど、12歳の猫だったら、うちの猫になるというよりは、うちを終の棲家として、ゆっくり余生を過ごしたいのかな、それならうちはぴったりだな、と思って。それで「来てください」とお返事しました。

 その後、どうも話がかみ合わないなと思ったら、12歳じゃなくて2歳だったんですね(笑)。でも、そのときにはもう猫が来る心づもりになっていたので、若い猫の方が長く一緒に暮らせていいな、と思い直しました。それに、次に猫を飼うのなら、自分から探しに行くのではなく、何か縁があって来るのが一番いいなと思っていたので、この縁を大切にしたいなと。そんなわけで、5年前の5月末にシノビがうちにやって来ました。

『うちのねこ』(アリス館)と『ぼくはいしころ』(坂本千明・作、岩崎書店)のモデルになった猫シノビ(本人提供)

―― 『うちのねこ』の猫は警戒心が強く、ソファの下に隠れて全然出てこなかったり、噛みついたり引っかいたりして大変そうでしたが、実際もそんな感じだったのですか。

 うちに来た日は、安心させるためにすぐにケージに入れて、布の覆いをかけました。「大丈夫だよ、大丈夫だよ」と声をかけて落ち着かせようとしたんですが、硬直して、手を出そうとするとシャーッ!と怒って……。

 絵本ではソファの下としましたが、実際は毎日、昼間はずっと仏壇の裏に隠れていたんです。夜はご機嫌で出てくるんですが、近寄るとまた引っかかれたり噛まれたりして。多少脚色した部分もありますが、だいたいは事実に基づいて描いています。

『うちのねこ』(アリス館)より

怖がらないで、大丈夫だよ、と伝えたい

―― 仲良くしたいのに近寄ることすらままならない、という状況が丁寧に描かれているだけに、猫が布団に入ってくるラストの幸福感が引き立ちます。

 シノビが私の布団に入ってきたのは、うちに来た翌年のバレンタインデーのことです。その1カ月ほど前から、ベッドに乗ってくるようにはなっていたんですが、布団には絶対に入らなかったんですね。だから、ついにそこまで心を許してくれたのかと、うれしくてうれしくて。その日のことはブログにも書きました。

―― シノビのことを絵本にしようと思ったのは、何かきっかけがあったのですか。

 はじめは、シノビの絵本を作るつもりはありませんでした。シノビという猫を語るには、青森での千明さんとの出会いを抜きには不可能で、それは私のあずかり知らないことです。だから私がシノビのことを絵本にすることはないな、と思っていました。

 そんなある日、私のブログを読んだ絵本の編集者さん(のちの『うちのねこ』担当編集)から、個人的に悩んでいることがあって、シノビの話を聞きたい、と連絡をもらったんです。どういう風に接したら、シャーッ!と人をよせつけなかった子が布団に入るまでになるのか、猫と人間は違うけれど何かヒントがあるかもしれないから、と。できるだけ詳しく思い出して書き出してほしい、とも頼まれました。

 でもそうやって話したり、書き出したりしているうちに、シノビのことを意識して言葉で考えるようになったんです。すごく攻撃的だったけれど、きっと私のことを信頼したいという気持ちもあったんだろうな、近づきたいけれど、怖いからつい引っかいちゃうのかも、と考えているうちに、そんな切り口の絵本なら作れるかも、と思うようになって。誰かと親しくなりたいけれど、緊張して挙動不審になってしまうことが私にもあるので、怖がらないで、大丈夫だよって伝えるような絵本にしたいと思いました。

 ただ、実際に絵本にするとなると、たくさんあるシノビとのエピソードの中から、どこをどう選んで32ページに収めたらいいのか、かなり悩んでしまって。のんきにおなかを出して寝転がっている様子など、シノビのかわいいところも盛り込みたかったんですが、それを入れると軸がぶれてしまうから、やめた方がいいのかな、とか……。そんな調子だったので、絵本にすると決めてから実際に描き上げるまで、3年ほどかかってしまいました。

触りたくなるような猫の絵を目指して

―― 昨年9月に坂本千明さんの『ぼくはいしころ』が出版されましたが、シノビをモデルにした絵本だというのはいつ知りましたか。

 できあがった本を送ってもらったときに初めて知りました。『ぼくはいしころ』では黒猫として描かれているんですが、瞳の色はまさにシノビそのもので、キュンとしましたね。

 そのときに、私もシノビをモデルに絵本を作っていると打ち明けたら、千明さんがびっくりするほど喜んでくれたんです。「シノビと同じハチワレの猫ですよね?」「しっぽの先の白い毛は?」「おなかの黒いポケットは?」と矢継ぎ早に聞かれて。私はそこまでシノビに寄せるつもりはなかったんですが、そこまで言ってくれるなら、猫の絵はシノビそのものにしようと決めました。そして、『ぼくはいしころ』の横に並んでも恥ずかしくない絵本にしなければ、と思いました。

 猫に説得力を持たせなければと思って、いろいろと試行錯誤しました。触ってみたいな、と思ってもらえるような猫の絵を目指していたので、絵本を見た方から、触りたくなったという感想をいただいたときは、とてもうれしかったですね。

―― 画材はどんなものを使いましたか。

 シノビの絵は、毛のふわふわした感じが出したくて、和紙に墨で描いています。筆に水をたっぷりに含ませて、構図をある程度決めたら、下絵はあまり気にせずに勢いで描いていきました。水墨画は初めてだったので、大きさをコントロールするのが難しくて、かなり大きく描いたものを、デザイナーさんに縮小してもらっています。

 デザイナーは『ぼくはいしころ』と同じ椎名麻美さんです。原画は一枚絵ではなくバラバラだったのですが、椎名さんのおかげでちゃんとした絵本になりました。

水墨画で全体を描き、鼻や口、ひげはマーカーで描き足した。白目の部分は蝋を塗っておいて、墨をはじかせるようにしたら、自然な感じに仕上がったという

―― あとがきに「今では猫は、わたしの膝の上にのるのが大好きで、なででやると、そのままずっと、うっとりと目をとじてじっとしています」とあります。もうすっかり仲良しなのですね。

 9歳のときに初めて猫を飼って以来、人生の8割くらいを猫と一緒に暮らしてきたんですが、シノビは今まで暮らしてきた猫の中で一番の甘えん坊です。オスの猫を飼うのが初めてで、オスの方が甘えん坊だという話も聞くので、そういうものなのかもしれないんですけどね。呼べばそばに来ますし、呼ばなくてもすぐ近寄ってきて、膝にのりたがります。

 シノビが幸せかどうかは永遠にわかりませんが、少なくともシノビのおかげで私は幸せをもらっています。絵本を読んでくださった方にも、その幸せが伝わったらうれしいです。