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論文形式の小説を集めたアンソロジー『異常論文』 散文の可能性を切り開く

 論文形式の小説を集めたアンソロジー『異常論文』(ハヤカワ文庫JA)が読書家のあいだで話題になっている。名付け親で、編者を務めた作家の樋口恭介さんは「SFやミステリー、純文学などジャンルを問わず、ある明確な形式をもった作品群がある」と感じてきたという。それにこのたび、名前を付けた。

 「論文」ではフィクションが語れず、「小説」では込み入った説明が忌避される。「異常論文」は互いの制約を補い合い、「いいとこ取りができるジャンル」らしい。論文ならではのスピード感を小説に持ち込めるため、「現実の足場から文章を立ち上げながら、虚構に向かうジャンプ力を得られる強さがある」と分析する。

 興味深いのは、集まった作品の多彩さだ。円城塔「決定論的自由意志利用改変攻撃について」は、数式や図で人知を超えた状況を語る。倉数茂「樋口一葉の多声的エクリチュール――その方法と起源」や保坂和志「ベケット講解」は、批評的なアプローチで読み手を陶酔させる。出色は鈴木一平+山本浩貴(いぬのせなか座)の「無断と土」、これはお読みいただくほかない。

 形式的な枠組みによって自由になるという逆説。樋口さんは「近代文学は進化の過程で散文としての領域を狭めていった」と語る。人類は散文の複雑さに耐えられず、分類した。「けれども当然、散文の可能性はもっと広い。カテゴリーから漏れているものに対して、改めて名前を与える。そうすることで概念が生まれ、文化が生まれることもあると思います」=朝日新聞2021年11月17日掲載