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「海が走るエンドロール」作者たらちねジョンさんインタビュー 映画を撮る65歳「本気のものづくり」描く

たらちねジョン『海が走るエンドロール』(秋田書店)より

主人公を65歳に設定した理由

――「このマンガがすごい!2022」オンナ編1位に選ばれた、率直な感想は?

たらちね:すごく嬉しいと思ってます。でも、自分のことじゃないみたいで、「運がよかったのかな?」っていう思いの方が、まだ強いですね。

――8月にご自身のTwitterで第1話をシェアされていましたが、それも大反響でした。読者からのどんな声が印象に残っていますか?

 いろんな年齢層に響いたようで、「自分も、うみ子さんの年齢に近いけど元気をもらえた」みたいなツイートは、すごく嬉しかったです。

たらちねジョン『海が走るエンドロール』(秋田書店)より

――65歳の女性が美大に通って映画を撮るというストーリー、どのように考えたのでしょうか?

たらちね:私が以前、美大の映像科に通っていたというのがきっかけです。そこから「年齢の高いキャラクターを出しましょう」と、担当編集の山本さんがご提案してくださって。

――65歳が主人公の漫画も珍しいと思うのですが、どうしてそのような設定に?

山本侑里(秋田書店):実は決して珍しいこともなくて、ここ数年で『傘寿まり子』(講談社)とか、『メタモルフォーゼの縁側』(KADOKAWA)とか、割と高齢の人が主人公の漫画もいくつか出てきています。

 『海が走るエンドロール』は、『月刊ミステリーボニータ』という少女漫画誌の連載なのですが、昔から少女漫画って、自分より年上の主人公が活躍するものが多くありました。歳をとった時にも楽しくいられるっていう姿を見られたら、それはとても素敵なことだな、そんな作品が読みたいなと思って提案しました。

たらちね:そのときは「果たして私に描けるのか」と不安はありました。「リアリティーのないキャラクターを描いてしまったらどうしよう」と悩みましたが、実際にキャラクターを作っていくとストンとハマったので、いい案をいただいたと思います。

山本:65歳という年齢は、いろいろ話し合ってその数字になったんです。世の中的には、年金の支給が始まるとか、シニア割引とか、いわゆる「おばあちゃん」という枠に入れられてしまう。そんな、決められた枠ではないところで、まだいろいろできるんじゃないか、ということを示せる年齢なのかなと思いました。

たらちねジョン『海が走るエンドロール』(秋田書店)より

65歳でも遅くない、本気のものづくり

――65歳の美大生、本当にいるのかな? とも思うのですが、たらちねジョンさんは、うみ子さんのキャラクターをどのように作っていったのでしょうか?

たらちね:私が美大に通ってた頃を思い返すと、年上の学生さんっていうのは、ちらほらいたんですよ。でも、そういう方たちが何を思って美大にいるのかは、現役の頃は、あまり想像していませんでした。なので、65歳に比較的近い母をモデルにして作りました。

 だけどいわゆる、ステレオタイプなおばあちゃんじゃなくて、うみ子さんという人がどうやって生きてきたのかをしっかり描こうと思ってます。

――うみ子さん、65歳でも若いなぁと思いました。

 今の65歳って、結構若いじゃないですか? うみ子さん、第1話では自分をケアできていない状態なのですが、背筋も伸びたりとか、柄物を着たりと、どんどんお洒落になっていきます。「若く見えるのがいい」とは思わないですけど、うみ子さんらしくなっていくのが、いいかなって思います。

――作品の中に、お母様のエピソードが入っていたりしますか?

 ありますね。最初の方で、うみ子さんが孫と娘と、スマホでテレビ通話をする場面があるんですが、娘がBL作家で、「ペンネームを聞かれるのが恥ずかしい」という気持ちがうみ子さんには分からない。もう私に対する、母の質問の仕方そのままです。作ったものを発表して社会に評価をされたことがないからこそ、無邪気に踏み込んでくる。そういう感じが、最初の頃のうみ子さんにあるんじゃないかな、という感じで描きましたね。

たらちねジョン『海が走るエンドロール』(秋田書店)より

――「実際、65歳で映画を撮り始めるなんて、難しいのでは?」と思ったりしませんでしたか?

 65歳で美大に入って4年間通った後に、商業として映画を撮っていくというのは、すごい時間がかかる。大学卒業時には70歳に近いわけです。体力もついていかないんじゃないかなって、率直に思うんですけど、映画監督をやってる友達とかに相談したら、「いや、あり得るよ」と。海外では結構、そういう監督もいたりして、まぁまぁ不自然ではない範囲なのかなと思います。

――作中では、「老後の趣味」という言葉が、象徴的に使われていると思いました。では、うみ子さんは「老後の趣味」ではなく、映画制作を通して何を達成していくのでしょうか?

 「逃げられない所で本気でやっているかどうか」だと思います。「老後の趣味だから出来が甘くてもしょうがない」みたいに、逃げ道を作らないでいてほしい。うみ子さんはそういう逃げをしないし、逃げた時に苦しんでいるところは、描いています。

たらちねジョン『海が走るエンドロール』(秋田書店)より

年の差45歳の青年が誘う世界

――物語のもう一人のメインキャラクターである海くん。謎の多いキャラクターだなという第一印象です。

 素直、なのに尖ってる。みたいな。この漫画にいてカッコイイなと感じるキャラクターだと思います。現実の20歳には少ないのかもしれませんね。

――海くんのモデルにしたキャラクターはありますか?

 「エヴァンゲリオン」シリーズの綾波レイの中性的なきれいさとか、実在の人間っぽくはないキャラクターアイコン的なところをモデルにしました。実際にはいないようだけど、読んでいる時は「いる」と思い込んでもらえたら。

――同じ夢を持ちながら家庭の事情で大学に進学できなかった同級生の存在や、第6話で女性に告白されても「恋愛感情が持てない」と拒絶するなど、海くんの背景が明らかになるにつれて、ストーリーに深みが出ていきますね。

 友達との物語は、私が体験したことが近くて。「美大行ってていいね」とか「家にお金の余裕があっていいね」みたいなことはたまに言われて。もちろん自分が誘発した言葉も多いのですが、それを消化したいなという気持ちがありました。海くんがアセクシュアル・アロマンティック(恋愛感情や性的感情を抱かない人)かもしれないという描写は、海くんってそうだろうなという、謎の確信が最初からありまして。「描くべきだろう、今このタイミングで」みたいな感じで、普通に出てきました。

――第1話で海くんが、映画館で映画を見ながら客席を気にしているうみ子さんを見て、「映画作りたい(こっち)側なんじゃないの?」と見抜くシーンがあります。「作る側の人間は客席が気になる」というのは、新しい発見でした。

 私自身、ずっとそう思っていました。夏フェスに行ったり、舞台を見に行ったり、それこそ映画を見に行った時に、「舞台側にいる人に嫉妬する」というか「自分はこんな風に楽しんでいる場合なのかな」という、焦燥感みたいなものがありました。「自分は作り手側になりたいのかもしれない」って、昔から思ってたんです。

たらちねジョン『海が走るエンドロール』(秋田書店)より

「ものづくり」の象徴としての海

――うみ子さんの心の動きを打ち寄せる波で描いています。あの表現は何かインスピレーションを受けたものがあるのでしょうか?

 ネーム作業(漫画の下書きやラフスケッチのようなもの)をするときに、「海に漕ぎ出す」みたいなイメージが、ずっと心象風景としてあったんです。どんな島に着くかもわからないけど、漕ぎ出さなきゃいけないという憂鬱さ。先が見えないけど「漕ぎ出さないと始まらない、でも怖い…」という感覚から、海や波の表現ができました。

――「怖い」とは?

 前の作品はファンタジー(『アザミの城の魔女』)で、「物語として完成させよう」という気持ちで向かっていたんですけど、今回は「読者に何かを伝えたいな」という気持ちが大きいですね。

 自己投影をしている比重が高い漫画なので、否定された時に、やっぱ打ち砕かれやすいというか、心にズカンとくる割合が高いです。もうちょっと自分と距離をとれるファンタジーと違って、今回の作品は「否定されたくないけど、発表しなきゃいけない」「でも、やるしかない」という気持ちで描いてます。今はどんな否定的な意見をいただいても、そんなにブレることはなくなりましたけど。

たらちねジョン『海が走るエンドロール』(秋田書店)より

――この漫画を通して、伝えたいことはなんでしょうか?

 「ものづくりをしたら楽しいんじゃないかな」っていうこと。とはいえ、娯楽で読んでいただくのが一番なので、読者の方が暗い気持ちにならないで、元気になるように、という漫画を目指してます。休憩に読んでいただけたら。