岡根谷実里さん「世界ひと皿紀行 料理が映す24の物語」インタビュー 「おいしそう」のその先へ

30を超える国・地域の約180の家庭の台所を訪ねてきた。「知人つながり」のその家庭に数日間泊まり、一緒に料理をつくり、食卓を囲む。その行動力に驚くが、さらっとこう言う。
「世界各地の台所に出かけていたら、料理を通してみえてくる暮らしや社会が面白くなって」
本書はそんな「台所探検」を描いたエッセー集。ノルウェーでトナカイ肉と冷凍野菜のパスタを作り、ブルガリアではレシピを巡り母娘がけんか。ひと皿の向こうに「人々の喜びや苦しみ、伝統と変化の中で揺れる社会の今が立ち現れる」と記す。
収穫や買い物も共にするうちに普段仕様になった会話や料理を、軽やかな筆致でつづった。家族のふとした言動に探検家は気づく。フィンランドの名物パイに重なる、ロシア領とされた故郷の記憶。北東インドの納豆料理が、差別の一因にもなること……。
旅の後味はほんのり控えめ。「おいしそう、楽しそうっていうところから、その向こうを少しだけ考えてもらえればうれしい」。巻末にはレシピも収めた。
大学での専攻は土木工学。大学院時代にケニアでインターンをした際、開発が生活を犠牲にする一面を目にしたのが転機となった。立ち退きを迫られ怒る住民たちが、必ず笑顔になるのが食事の時間。ままならぬ状況でも「自分で生き方をつくれる」料理の力に興味を持った。
クックパッド社に勤めながら各国の台所を訪ね、「世界の台所探検家」の肩書でブログなどを通じ発信するように。講演や学校の出張授業へと活動は広がり、2021年に独立した。
本書はこの年に始めた雑誌の連載を再編成した。あとがきには、世界中で起きている戦争や貧困、環境問題に思いを寄せている。
「ニュースで見る出来事じゃなく、そこに暮らす人たちを想像できれば、世界はきっともう少しよくなる。ひと皿の向こうを思うことが、そのきっかけになれば」と話す。昨年、オランダに拠点を移した。世界の台所を、世界にも発信していきたいという。 (文・田中陽子 写真・本人提供)=朝日新聞2025年6月7日掲載