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映画「私はいったい、何と闘っているのか」に主演の安田顕さんインタビュー  スーパーマンじゃないけれど

安田顕さん

春男のような人はごまんといる

――原作を手がけたのは、日々の不平不満をユーモラスにボヤくつぶやきシローさん。その芸風が春男の脳内妄想に表れていて、「あるある!」と共感したり、クスリと笑えたりするシーンが多かったです。安田さんが最初に読んだ感想はいかがでしたか。

 僕は原作ではなく最初に脚本を読んだのですが、「うわ、春男のモノローグ長いな!」と思いました(笑)。だけど、セリフのほとんどがモノローグなのは、役者として今までやったことがない部分だったので、自分にとってはすごく嬉しい取り組み。それをプレッシャーに感じるというよりは、どうお客さんに提示できるかという新しいチャレンジとして、前向きに取り組みました。

ヘアメイク:西岡達也、スタイリスト:村留利弘(Yolken)、衣装協力/GOTAIRIKU

――世渡りが下手で不器用な春男は社会では生きづらいタイプだと思いますが、演じていてどんなことを感じましたか?

 春男の行動は、常に人のことを考えて、人のためにあるなと最初に脚本を読んだ時に感じました。それで監督の李(闘士男)さんに「この方は平凡に見えるけど、やっていることってスーパーマンみたいですね」と言ったら、「それは違いますよ。いろんな葛藤を抱えながら、心の中でぐるぐる自分のことを考えて、その結果としてだれかのためになるような行動をしている春男のような人はごまんといます」と仰ったんです。それを聞いて「あぁ、その通りだな」と思いましたね。

 ストレスを抱えて、ああでもないこうでもないって考えながら「何か1日うまくいかないな」って思ったり「良かれと思ってやったのに、なんでこんなに怒られなきゃいけないんだ」と思ったりしている人たちは大勢いるわけじゃないですか。春男は、自分の中でうじうじ考えるけど、相手を傷つけてまで憂さ晴らしすることはない。そういうところが伊澤春男という男性のステキなところだと思います。

©2021 つぶやきシロー・ホリプロ・小学館/闘う製作委員会

――きっとこういう人がいるから、世の中がうまく回っているんですよね。安田さんも、春男のように頭の中でうじうじ考えることはありますか?

 ありますよ。今も質問にお答えした後「うまく伝わっているだろうか」ってすでに考えているし(笑)。撮影でも「はいカット。OK」って言われたら、もう撮り終わったものだから考える必要ないのに、その後にそのセリフを反芻して「ここはこうだったな」と考えている自分が必ずいます。

笑っちゃうけど、ほろっとくる

――完成した作品をご覧になって、特に印象的だったシーンを教えてください。

 僕が印象的だったのは、岡田結実さんが演じる娘の小梅が彼氏を家に連れてきて、「結婚を前提にお付き合いさせてください」と言いに来たときのシーンですね。あそこは見ていて「いいな」と思いました。

©2021 つぶやきシロー・ホリプロ・小学館/闘う製作委員会

――彼氏に、父親としていいところを見せるために考えた「ナポレオン作戦」のシーンですね。春男の脳内では葛藤と妄想が次々と繰り広げられていておもしろかったのですが、最後に「小梅は泣き虫だから泣かせないでね」と、ぽろっと出た春男の一言にジーンときました。

 作品全体としてはハートフルなコメディですけど、あのワンシーンの中に「思わず笑っちゃうけど、最後はほろっとくる」という李さんの狙いと、あたたかさが込められている気がしましたね。カメラには映っていないけど、あのセリフを言っているシーンでは、僕の向こう側に岡田さんが立っていて、目が合ってちゃんとお芝居をしてくださっていたんです。だから僕はああいうセリフのトーンや心情を出せたんだと思っています。見えていないところでもお芝居で伝えて、教えてくれる方がこの作品の役者さんには多くいらっしゃったので、とてもいい出会いでした。

――春男が勤めるスーパーで内引き(身内による万引き)の疑惑が浮上したときも、店員をかばって内内で処理するなど、周りの人たちを気遣うあまり人に本音を言わない春男ですが、思っていることを言った方がいい場合もあって、その加減が難しいですよね。

 本当ですよね、どうすればいいんでしょう。

――安田さんは「これは言ったほうがいい」「言うべきことだ」と決めていることはありますか?

 「いい歳なんだから、ちゃんとYES・NOを言える人間になろう」っていうのも素晴らしいと思うけど、僕は「これは言うべきか、言わざるべきか」と考えたとしたら、言わないでいることの方が多いと思います。「NO」は一度飲み込んでしまうとなかなか言えないですね。

山口で出会った金子みすゞの詩

――今作では家族思いの父親役でしたが、安田さんも父親とのエピソードをつづったエッセイ『北海道室蘭市本町一丁目四十六番地』(幻冬舎)を出版されています。春男と父親が似ているなと思うところはありますか?

 うちの親父も色々葛藤はしていると思うんです。だけど、自分の思っていることや、おかしいと思ったことは「それはおかしいじゃないか!」ってちゃんと家族や周りの人たちに伝えられる人だったと思います。

――安田さんは普段、どんな本を読みますか?

 音楽が好きなので、ミュージシャンの伝記みたいなものは読みます。先日発売された『ザ・ビートルズ:Get Back』という写真集には、ビートルズが解散間際にセッションした時の会話や、自分の知らなかったことや見たことのない写真がたくさん載っていて、最近はそれを読んでいたりします。

 あとは、金子みすゞさんの詩が好きですね。9年くらい前に仕事で日本各地を回っていたのですが、金子さんの故郷の山口県に行ったときに売っていた駅弁のパッケージに、金子さんの「私と小鳥と鈴と」という詩が書いてあったのを見て「おもしろい詩を書く人だな」と思い、初めて詩集を買って読んだんです。

 ほかにも「椅子の上」という詩は、少女が椅子の上に乗って目を閉じると、そこには大海原が広がっていて、母親から「ごはんだよ」って声がかかると、パッと目を開けて椅子を飛び降りる、といった内容なんですが、これが大正時代に書かれているってすごいなと思うんです。今我々が求めているバーチャルや仮想空間というものを、既に自分の想像力で作っているんですよね。「子供の想像力ってなんて素晴らしいんだ」ということを教えてくれるような詩です。