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「違和感ワンダーランド」書評 暴言暴挙を正確に記録する気概

評者: 藤原辰史 / 朝⽇新聞掲載:2022年03月26日
違和感ワンダーランド 著者:松尾 貴史 出版社:毎日新聞出版 ジャンル:エッセイ

ISBN: 9784620327242
発売⽇: 2022/01/24
サイズ: 19cm/245p

「違和感ワンダーランド」 [著]松尾貴史

 アベノマスクに二六〇億円。辺野古の工事現場の警備費に七七億円。電通、パソナ、トランスコスモスの三社で設立した法人がコロナ対策事業を七六九億円で受注し、ほぼ丸投げで電通に再委託……。
 本書は、「毎日新聞」に一年余り掲載されたコラムをまとめたものだ。この期間、膨大な税金が湯水の如(ごと)く浪費された。しかも有権者は忘れつつある。コロナと東京五輪と日本学術会議任命拒否と大阪都構想の一年間、落ち着いた心で過ごすのが困難だった私の心の安定剤だったことをここで告白したい。
 私の心を安定させた理由は、第一に、暴言丸出しのアベスガ批判ではないこと、その代わりにできるだけ正確に記録しようとしていること。ちょっと意外かもしれないが、本書は歴史学の営みに近い。一つ一つの政治家の暴言、暴挙の背景を説明し、場合によっては類似の歴史を引っ張り出して文脈化する。引用の仕方も的確で唸(うな)らせる。著者はまるで末代まで祟(たた)るのではないかというほどの気概で暴挙の細部を覚え、記録し、表現する。日本の政治に足らないものばかりだ。
 第二に、批判が一貫した美的意識に基づくこと。名前を連呼して走り回る選挙カー、消費期限があと五分だから売れないコンビニのおにぎり、森喜朗氏の女性蔑視発言、ソフトボール選手の金メダルを嚙(か)んだ名古屋市長、トーク番組で「ここは笑うところですよ」というポイントをわざわざ視聴者に指摘するテロップ(私もこれが鬱陶(うっとう)しくてテレビを見なくなった)。著者の批判するどれもが、受け手の心を無視した行為である。想像力と思いやりにこそ創造の源があるという著者の美学が垣間見える。
 言葉の機微を大事にする書き手だと思う。しかも堅くならず説教臭くならない。ここまで記録性を保ちつつ、品性とユーモアを湛(たた)えた歴史書を書いてみたいと思わせる、そんなコラム集である。
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まつお・たかし 1960年生まれ。タレント、「折り顔」作家。著書に『ニッポンの違和感』『東京くねくね』など。