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山下澄人さん短編集「君たちはしかし再び来い」インタビュー 病の連鎖、激変する体と思考の記録

山下澄人さん

 腹が破れた。医師の診断は、今すぐ手術しないと死ぬ――。山下澄人さんの新作『君たちはしかし再び来い』(文芸春秋)は、次々と襲いかかる病によって変容する体と意識を書き留めた連作短編集。自身を「他人事(ひとごと)」のように突き放す独特の感性で文学の極北を歩いてきた芥川賞作家が、死について、世界について縦横無尽に思索する渾身(こんしん)の一作だ。

 気絶しかけるほどの腹痛の原因は、腸に穴が開いて大腸菌が体に漏れ出す腹膜炎だった。夜間救急に駆け込み、緊急手術で一命をとりとめる冒頭の一編「腹の犬」。飾りのない文体の手触りにまず引き込まれる。

 不調はその後も連鎖し、網膜の病気で視界はゆがみ(「星、ゆがみなり」)、だめ押しのように胃潰瘍(かいよう)が襲いかかる(「空から降る石、中からあく穴」)。入退院を繰り返すうちに、やがてパンデミックで世界は変貌(へんぼう)していく。

 入院中、麻酔や痛みで意識がもうろうとする中、自分でも意表を突かれることを次々と思いついた。謎の計算式、時間についての箴言(しんげん)めいたひらめき。スマホのメモ機能に、うわごとのような言葉の断片がたまっていった。

 「死に近づいて、生まれて初めて世界と一体化した。(この世への)未練はまったくなかった」

 自分の存在しない世界がはっきりと想像できた。それは表現者として何よりの収穫だった。人間の存在はしょせん「百年に一度咲く花」、咲いていないときこそが常だと。父の死や飼い猫の手術の思い出、実家を大破させた阪神淡路大震災の記憶、ホロコーストやパンデミックといった人類史の災厄への思索が織物のように重なり、テキストは伸びていった。

 度重なる開腹手術によって、体は激変した。肉やコーヒーを受け付けなくなり、気圧の変化に容易に振り回される。「『わたし』という端末は、本当に面白い」。状況に合わせてあり方を変える体のさまに興味が尽きないという。

 タイトルは、旧約聖書ヨブ記の一節からとった。人類に理不尽な試練を与え続ける神は、それでもおまえたちはまたやってくるだろうと告げる。

 「絶滅したかにみえても、人間はまたどこからかやってきてしまう。断ち切ろうと思っても断ち切れない。その不手際が、人類を救っているんじゃないか」(板垣麻衣子)=朝日新聞2022年5月18日掲載