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映画「アキラとあきら」原作者・池井戸潤インタビュー 「この小説の良いところを映画に教えてもらった」

池井戸潤さん=大槻志穂撮影

映画のあらすじ

 小学生のころ父親が経営する零細工場が倒産した山崎瑛(アキラ)と海運大手企業の御曹司だった階堂彬(あきら)。紆余曲折を経て、メガバンクに同期入行した二人は、ライバルとしてトップバンカーを目指す。アキラは自分の信念を貫いた結果、地方に飛ばされ、あきらは階堂家の親族の骨肉の争いに巻き込まれていく。リゾート投資をめぐり生まれた階堂グループの倒産の危機を前に、2人は協力し、難局を乗り越えていく。

仕事への情熱で対立を昇華

 原作のもとになった『アキラとあきら』が小説誌に発表されたのは2006年から09年にかけて。登場人物に寄り添う小説の書き方に気づいた『シャイロックの子供たち』(06年1月)、『空飛ぶタイヤ』(同9月)に続く時期で、池井戸さんは「毎週400字詰め原稿用紙で50枚くらい書いていたころで、締め切りに合わせ毎回違うものを書いていたので、頭のなかが整理されないままだった」と振り返る。

 物語に納得がいかない部分があり、「中途半端なまま出しては、読者に喜んでもらえない」と書籍化は見送っていた。

 11年に『下町ロケット』で直木賞を受賞し、13年にはTBSドラマ「半沢直樹」が国民的話題作となり、多忙を極めるなかで「幻の作品」になるところだった。「WOWOWの青木泰憲プロデュサーから『読んで、何度も涙しました』というメールが届いて、お世辞を言わない、信頼しているクリエーターがそう言ってくれるなら書き直す意味があるのかな、と思った」

 17年のWOWOWでのドラマ化(向井理さん、斎藤工さん主演)に合わせ、改稿を始めた。「案の定、大改稿になった。1000枚くらい書き直したので、いちから書いた方が早かったかもしれない」

 10年前の連載を読み直し、その時点での感性で直していった。「いまの自分なら少年時代から書くことはないけれど、書いた当時の風味を残しながら、主に現代の部分を直した」

 WOWOWのドラマはATP賞テレビグランプリを受賞するなど高く評価され、同年に刊行された文庫もベストセラーになった。

 ギリシャ悲劇であれば預言は成就し、運命に抗う人間の無力さがテーマになるが、池井戸作品は人間の努力で逆境を乗り越えられるという信念に貫かれている。登場人物に寄り添うなかで、作家も一緒に格闘し、ピンチをチャンスに変えていく。「負けていく話は書きたくないし、後味の悪い物語は好きじゃないので」

 「半沢直樹」や「下町ロケット」シリーズに通じる読み味である一方、池井戸作品のなかでは珍しい構造も持っている。「2人がライバルで闘っていくという話にもできたけれど、そうはしなかった。敵味方ではなく、2人が協力して難局を乗り切るというところが特殊かも」

 小説誌の締め切りに追われ、さまざまなタイプの小説を書いていた時期だからこそ生まれた作品だったのかもしれない。「ライバル2人を設定したのは……。うーん、その時、いいと思ったんでしょうね」

 物語では銀行の融資を実現するためにアキラとあきらが協力し、思いも寄らぬプランを見つけ出す。現実と向き合った発想の豊かさに、池井戸さんは銀行員を続けていても大成したのでは? とさえ思わせる。

「あんなことやっていたら、命がいくつあっても足りない。竹内涼真さんが演じるアキラを理想のバンカーと言ってくれる人もいますが、バンカーというより、あの2人は投げ込まれた状況のなかで一生懸命働いている。ああいう、がむしゃらな働き方に対して、観るひとが勇気づけられることがあるんじゃないかな。多くの人が自分はもっと仕事で濃密な体験、プロジェクトやってみたいなと思ってくれたらいいなと思いますね」

ビジネスの現場の青春とらえた的確な脚本

 試写を観おえた池井戸さんの感想は絶賛だった。

「ビジネスストーリーとしても良くできているし、ヒューマンドラマとしても良くできている。細かなところまで破綻のないつくりで、脚本家の池田奈津子さんの力が抜きんでていた」

 全9話だったWOWOWのドラマに比べ、映画は約2時間。「削るべきところを削り、きちんと筋を通している。ビジネスの現場を違和感なく描きながら、バディもの、青春ものとしてうまく脚本化していた。いくつもの伏線が見事に回収されていて、過去と現在をクロスオーバーさせる緻密な脚本だった」

「主役の2人も良くて、竹内涼真さんは表情も発声もすばらしく、いい芝居をしていた。横浜流星さんは海運大手の御曹司という役をうまく表現し、凜としたところと繊細さのバランスが見事だった」

映画「アキラとあきら」から

 銀行の融資の稟議など難しい題材もうまく消化していた。

「銀行監修が秀逸で、銀行や会社内で交わされる会話の感覚にもリアリティーがあり、ビジネスの要素をわかりやすく落とし込んでいた。全体にキャラクター作りの抑制が効いていた。けれん味ではなく、ヒューマンドラマで勝負したところが良かった」

 同じ〝あきら〟の名を持ち、異なる生い立ちの2人が、対立しながらも互いを認め合い、協力していく。「価値観が違うとどちらかが勝って、どちらかが負けることに収斂していく。対立しながらも、成長し、次のステージにいけるのは、2人の仕事人生における青春期だったから。この小説は、自分のなかで位置づけが難しい小説だったが、試写を観て、これは青春小説だったのだと、こちらの頭が整理された。この小説のいいところを映画に教えてもらった気がします」