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「性と芸術」 SNSの悪評「逃げずに対峙」 朝日新聞書評から

評者: 椹木野衣 / 朝⽇新聞掲載:2022年10月01日
性と芸術 著者:会田 誠 出版社:幻冬舎 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784344039834
発売⽇: 2022/07/21
サイズ: 20cm/212p

「性と芸術」 [著]会田誠

 美術館での展示に市民団体から抗議文が出されるなど、いくたの難儀と直面してきた連作「犬」。その作者が23歳のとき初めて描いたこれらの絵画について、制作の動機や意図について思い余すところなく書いたのが――帯に「ほぼ『遺書』である」とある――本書の根幹をなす第1章「芸術 『犬』全解説」である。
 そもそも、画家はみずから自作の「全解説」など行わない。作品は作品をして語らしめるべきで、作者の饒舌(じょうぜつ)がどれほど「悪趣味」かは、本人も十分すぎるほどわかっている。それでもみずから「最悪のサンプル」と呼ぶ「全解説」を刊行したのは、「ネットに溢(あふ)れる悪評に対して作者としてきちんと応えよう」というのが大きかったようだ。
 その意味では、本書を一種のSNS論と受け取ることもできる。というのも、SNS、とりわけここで問題となっているツイッターでの「呟(つぶや)き」はわずか140字で、評論や研究といった従来の美術をめぐる言説とはほど遠い。無視するのも手かもしれない。けれども、著者は「人類の現実を前に、逃げずに『がっぷり四つ』で対峙(たいじ)すること」、「毒を食らわば皿まで」をわが「ポップ・アートの精髄」と断じて憚(はばか)らない画家である。
 呟きが140字なら、本書の半分は書き下ろしだ。この対照性はどこから来るのか。答えは、第1章が「芸術」と題されていることからうかがえる。芸術とは歴史的な営みだ。それなら必ず文脈が存在する。ところがSNSはこの文脈を消し去ることで可能になる。つまりSNSは芸術を芸術でなくしてしまう。
 悪評に呟きで応戦しようものなら、作者はみずから芸術から手を引くようなものだ。したがって本書では、「犬」がどのような背景から描かれたかについて、これ以上なくていねいに「手当て」をしている。その内容が、作者が23歳の頃、現代美術の世界で蔑(ないがし)ろにされていた「具象画」「日本画」「主題としての日本」「エロティシズム」「ヌード」「美術における保守」といったものであった。つまり、著者のいうとおり、「犬」は、絵による複合的な「批評」として描かれている。
 もっとも、本書で著者はこの「正解」に若干の留保をしている。それなら絵でなく批評を書けば済む。ゆえに「犬」は文字通りの批評ではないのだが、それは本作に、若き作者の心にほのかな「好意」を抱かせたモデルがいたことと無縁ではない。画家ではない批評家の私などは、本書の本当の読みどころはそこではないかと思ってしまうのだが。
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あいだ・まこと 1965年生まれ。美術家。「会田誠展 天才でごめんなさい」(2012~13年、東京・森美術館)など展覧会多数。著書に『青春と変態』『げいさい』『カリコリせんとや生まれけむ』など。