女の人生の機微を描く名手が初の時代小説を刊行した。千早茜さん(43)の長編『しろがねの葉』(新潮社)。舞台は、世界遺産・石見銀山。満を持して挑んだ新境地には、濃厚な「性と死」の匂いが漂っている。
時は戦国末期。シルバーラッシュに沸く銀山で、天才山師に拾われた少女ウメは、男にまざって間歩(まぶ)と呼ばれる坑道で下働きをする。成長とともに突きつけられる、女であることのままならなさと苦しみ。やがて押し寄せる時代のうねりが、ウメの慈しんだ男たちを次々とのみ込んでいく。
構想のきっかけは、2008年の作家デビューから数年後。観光で訪れた石見銀山で、劣悪な環境で働く銀掘(かねほり)の短命をたとえた「銀山の女性は3人の夫を持つ」という言い習わしを耳にした。いつか作品にとネタ帳に書き留めていたものの、生身の人間に取材できない時代物はハードルが高い。「50代ぐらいになって、筆に厚みが出た頃にやろうと思っていた。でも、もう書いちゃいなよ、と編集者に取材予定を入れられてしまったので」
再訪した石見では観光用に公開されている間歩に入り、深い闇を身をもって体験した。「普通は女性が入らない間歩の中を一人称で書こうと思うと、ウメというパワフルなキャラクターが生まれた」と振り返る。
「時代物をやるなら名前のない人を書きたかった」。史料に女性の記述はほとんどない。それでも筆を進めるうち、ウメを温かく見守るおとよ、恋敵となる薄幸の遊女夕鶴といった女たちが生き生きと動き始めた。「基本的に男の人は自分の生を疑わずまじめに生きている。ウメをはじめとする女性の方が『あらがっている』感じが出ましたね」
一方、小説と史実の交差点として印象的なのが、歌舞伎の創始者・出雲阿国(いずものおくに)をモデルにした旅芸人のおくにとウメが出会う場面だ。おくにとそっくりな後継者の菊は、男に生まれ女として芸をする人物というオリジナルの設定で描かれる。性を超越したその存在は、女だという理由で銀掘になることを許されなかったウメの心に安らぎをもたらす。
〈わたしは何者だったのだろう。常闇が呑(の)んでしまった〉
本の冒頭に置かれたこんなプロローグは今回、雑誌連載を単行本化するにあたって書き換えたものだという。筆者も気づかないうちに物語が変化していくのが「長編の醍醐(だいご)味」だと言う。
幻想的で繊細、かつ性の営みが発する温度湿度まで感じさせるどこか生臭い筆致は、泉鏡花文学賞を受けたデビュー作『魚神(いおがみ)』以降、読者を引き込んできた作家の持ち味だ。今作でも「性と死を書きたかった」と千早さん。「自分にとっての官能とは、カマキリの雄が交尾の後に殺されるような、すごく死に近いところにある。現代より死がもっと身近にあった時代を書けば、もっと官能が強くなるんじゃないかと思いました」(田中ゑれ奈)=朝日新聞2022年10月19日掲載