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「夢の砦」書評 原稿料なし、だったら暴れよう

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2022年12月10日
夢の砦 二人でつくった雑誌「話の特集」 著者:矢崎 泰久、和田誠 出版社:ハモニカブックス ジャンル:本・読書・出版・全集

ISBN: 9784907349271
発売⽇: 2022/10/10
サイズ: 21cm/269p

「夢の砦」 [著]矢崎泰久、和田誠

 1965年だった。和田誠が矢崎泰久に会ってくれと言った。「話の特集」という雑誌を創刊したがっているが、「俺は題名が嫌だ」と和田は言いながら、僕に表紙を描けという。無職状態で金がなかったので引き受けた。
 表紙の絵は信じられないほど評判が悪かった(だけど、この表紙なら原稿を書くという作家も現れたと矢崎は言う)。創刊1年後にサンタクロースが首を吊(つ)った表紙を描いたら、本当にこの号を最後に「話の特集」は休刊してしまった。
 休刊になったのは表紙のせいだという悪評が流れたが、再び復刊した時も表紙を描かせてくれた。しかし、相変わらず資金ぐりが苦しく、執筆者が株主になったが、配当などあてにした者はひとりもいない。ひとりで20万円から200万円の投資をしたものの、最後まで一銭も配当は出なかった。
 それでも矢崎という人は不思議な人徳と悪徳があって、誰も文句を言う者はいなかったが、矢崎から電話がある度に「また金?」と言って戦々恐々とした者もいた。今は昔。
 そんな矢崎と和田の本書で、最も面白いのはシノ(篠山紀信)、タッちゃん(立木義浩)、マコちゃん(和田誠)、ヨコーちゃん(横尾忠則)、それに矢崎さん(何故〈なぜ〉かさん付け)の5人の、創刊20年を記念して語られた1985年2月号の座談会。創刊当時、若手の写真家、イラストレーターはまだ駆け出しのプライドだけが強く、口だけは達者で人後に落ちないナマイキさ。歯に衣(きぬ)を着せない、言いたい放題、やりたい放題のカラ元気と妙な自信のある仲間ばかりで、どうせ原稿料はくれない、だったら「話の特集」で暴れよう。でもここで暴れれば暴れるほど、他から仕事がこないという矛盾。
 そんな「矢崎さん」も来年90歳。その過激さは昔も今も変わらない。まあ、いい時代のいい夢を見させてくれた矢崎さん、ありがとう。
    ◇
やざき・やすひさ 1933年生まれ。「話の特集」を創刊▽わだ・まこと 1936~2019。イラストレーター。