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「巨大おけを絶やすな!」書評 手間ひまのリレー復活への思い

評者: 稲泉連 / 朝⽇新聞掲載:2023年04月15日
巨大おけを絶やすな! 日本の食文化を未来へつなぐ (岩波ジュニア新書) 著者:竹内 早希子 出版社:岩波書店 ジャンル:知る・学ぶ

ISBN: 9784005009626
発売⽇: 2023/01/24
サイズ: 18cm/210p

「巨大おけを絶やすな!」 [著]竹内早希子

 高さと直径が2メートルはある、人が入れるくらいの巨大な木桶(おけ)――。
 古来、醬油(しょうゆ)や味噌(みそ)、酒づくりに欠かせなかったものだが、現代の日本ではこの桶を作れる職人が絶えようとしているという。本書はその状況に危機感を抱き、桶づくりの再興のために奮闘した人々を描いた一冊だ。
 立ち上がったのは香川・小豆島の醬油職人のグループ。彼らは日本に一つしかない大阪・堺の製桶所(せいおけしょ)に弟子入りし、〈木桶職人復活プロジェクト〉を立ち上げる。
 本書では木桶の古くからの歴史が一通り解説されているが、読んでいて初めて知ったのは、一度作れば100年から150年は使えるというその寿命の長さだった。
 例えば、醬油職人たちが製桶所に新しい桶を注文し、「醬油屋から新桶の注文が入ったのは、戦後初やで」と言われる場面がある。
 かつて木桶は酒蔵が注文し、20~30年後にバラされて醬油の蔵元で使われた。さらに同じ桶は味噌づくりにも受け渡され、1世紀以上にわたって活用されるというのだから驚く。
 木桶の板にはその歳月の間に各々(おのおの)の蔵の微生物がすみ着き、〈独自の進化〉を遂げていく。そんな手間ひまのかかるリレーが、日本の伝統的な醸造文化をつなぐ桶づくりのサイクルだったわけだ。
 だが、それ故に酒や醬油づくりに近代的な設備が導入され始めると、木桶の需要は激減、戦後になって製桶所はみるみる消えていくことになった。
 著者は小豆島の職人たちの思いを聞き取りながら、様々な困難の末に一つの新桶が作られ、醬油の仕込まれた桶が育てられていく過程を追う。
 木桶仕込み醬油を増やすために蔵元同士がつながり、ついには〈木桶サミット〉というイベントが開催されるようになるまでの10年間。そこに込められてきた「100年後の未来」に向けた思いを、丁寧に伝えたルポルタージュだ。
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たけうち・さきこ ノンフィクション作家。著書に『奇跡の醬(ひしお)』『ふしぎなカビ オリゼー』など。