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「抵抗する動物たち」書評 人間による支配の自明性を問う

評者: 小澤英実 / 朝⽇新聞掲載:2023年04月29日
抵抗する動物たち グローバル資本主義時代の種を超えた連帯 著者: 出版社:青土社 ジャンル:動物学

ISBN: 9784791775354
発売⽇: 2023/02/20
サイズ: 19cm/316,17p

「抵抗する動物たち」 [著]サラット・コリング

 子どもを連れてサーカスに行った。かつての自分の興奮を共有するつもりが、目玉という謳(うた)い文句に反して物憂げなライオンたちのショーが心に残った。先日もペンギンの池に落ちた芸人の行為が物議を醸したが、そんな不祥事から酪農危機や工業型畜産による環境破壊まで、日々の事象は人間と動物の共生のあり方を問い直す局面にあることを告げている。
 本書は動物たちの脱走や命令の拒絶といった「抵抗」というふるまいに焦点を当て、豊富な事例と図像からその行為者性と可能性を多面的に立ち上げる。グローバル資本主義が人間だけでなく動物の植民地化によりもたらされた歴史的推移の検証に、人間が動物を支配する特権の自明性が揺らいでいく。
 世界では年に700億の陸生動物たちが食用として殺されるという。近代化とともに食肉処理の現場が市民から遠隔化されていく畜産工業の戦略的プロセスのなか、脱走する動物たちは、場違いな違和を生む境界破りを通して人間中心主義の秩序を攪乱(かくらん)する。その抵抗は、動物の主体性や行為者性を人間に知らしめる生死を賭けた逃走=闘争だ。
 仲間を護(まも)るため闘い「白鯨」のモデルとなったモカ・ディック、処理場からの脱走が皮肉にも観光と動物アグリビジネスの推進に利用された豚のフランシス。脱走した動物のニュースが珍事件として面白おかしく消費され、抵抗が無力化されてしまうとしても、その個の背後にいる多数の殺された動物たちを想像し、動物に対する搾取や人間例外主義を自問する契機になる。
 私自身、本書を読んだからとて今すぐビーガニズム(脱搾取)の実践者にはなれないが、「あなたはあなたが食べるものである」という決まり文句どおり、自分の食を見直し、特権の使い方を考えるようになった。知ることは不幸になることだ。だが一人ひとりの小さな不幸だけが破滅にいたる病への処方箋(せん)なのだ。
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Sarat Colling 執筆家。環境保護主義者。ビーガン団体のボランティアに携わる。カナダ在住。