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「休館日の彼女たち」八木詠美さんインタビュー 頭の内側ぐらいは自由でありたい

八木詠美さん

 休館日の誰もいない博物館で、展示されたヴィーナス像とラテン語でおしゃべりをする――。太宰治賞から世に出た気鋭の作家、八木詠美(えみ)さんの第2作「休館日の彼女たち」(筑摩書房)は、そんな仕事を頼まれることになった女性が主人公。現実から浮き上がりながらも、自由を求める切実さが胸を打つ小説だ。

 「コロナの時期にデパートに行ったら、洋服をはがされて裸のまま置き去りにされたマネキンがあったんですよね。そのときに、いまこのマネキンに話しかけたら何を答えてくれるのかなと思って、考え始めました」。奇抜ともいえる設定について尋ねたら、こんな答えが返ってきた。

 マネキンは服を着るための理想の体だが、顔がない匿名の存在でもある。そこから博物館のヴィーナス像が「理想だけれども、人格を重視されないイメージ」として連想されたという。でも、なぜラテン語で?

 「私自身もコミュニケーションがあんまり得意ではなくて。そういう人が、まわりとはちがう言葉で誰かと密な関係を築けたらおもしろいだろうなと」。失われつつある古典言語のラテン語は、彼女たちが通じ合える秘密の暗号。ユーモアのある会話は斜めのイタリック体でつづられる。

 「私は小さい頃から『美少女戦士セーラームーン』とか『魔女の宅急便』とかを見ると、魔法が使えたり戦えたりすること以上に、しゃべるネコがいるのがすごくうらやましいなと思っていて。自分の身近にいてくれて話を聞いてくれる存在がいたらいいなという思いが、ずっとあった」

 楽しげな会話とは裏腹に、作中のいたるところに息苦しさがのぞく。2020年に太宰賞を受けたデビュー作「空芯手帳」(ちくま文庫)も、職場での理不尽に耐えかねて、妊娠したとうそをつく女性が主人公だった。切実な感情を奇想でくるむような作風は、いかにして生まれたのか。

 「切実を切実のまま乗り切ろうとすると苦しいんですよね。たとえば、すごく嫌なことがあって家に帰ってきたときに、一人で思いついたちょっとしたおもしろいことにでも救われるような気がして。切実だけじゃなくて、そこに少し斜めのものを入れるというのはあるかなと思います」

 本作を貫くテーマの一つとも言えるのが、「自由と束縛」。作中では、フランスの詩人ポール・エリュアールの「自由」が独特のかたちで引用される。

 「私が小説を書いているのは、頭の中が自由であってほしいから。何か縛るものに対して、頭の内側ぐらいは自由でありたい」

 普段は会社勤めをしているが、まわりから「おっとりしてるね」と言われることに内心では納得がいっていない。「あなたたちが見ているもの、それだけではないんだよと。目に見えるものだけじゃないことを、言葉や想像で書けること自体が、かれらに対してのささやかな抵抗。小説を書くこと自体が私にとって、自由になるためのものだなと思っています」(山崎聡)=朝日新聞2023年5月17日掲載