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伊藤ハムスターさん初の絵本「ぼくのへや」インタビュー 自分だけの宝物を大切に

「ぼくは、アライグマしっかく」?

――はじめての絵本を描くことになったきっかけは何ですか?

 あるとき「絵本を描きませんか」と編集者さんから声をかけていただきました。ネコを飼うことになり『ネコノキモチ解剖図鑑』(エクスナレッジ)を読んだそうで、動物のフォルムがかわいいから、何か動物を主人公に絵本を描きませんかと。

 実は、絵本は長年の憧れでした。美大卒業後に就職した会社を辞めた後、作家デビューを夢見ながら、週末に井の頭公園で自作のポストカードやミニ絵本を販売していた時代もあって。でも挿絵の仕事をするようになり「自分の得意分野はこっちなんだな」とわかってから、自分の絵は絵本向きでないと思っていたので……青天の霹靂(へきれき)でした。

 「自分にできるのか」と不安いっぱいでぐるぐる考え込んだ時期もありましたが、「このチャンスをふいにしたらずっと後悔するだろうな」と。途中から腹が決まったというか「やりたいことを全部描いてみよう」という気持ちで制作を進めることができました。完成まで2年くらいかかったと思います。

――『ぼくのへや』の主人公は、遊びに行った友達の部屋がぴかぴかなことに衝撃を受け「ぼくは、アライグマしっかく」と落ち込むアライグマ。「ものが おおすぎるのかもしれない」というつぶやきが心に刺さります。

 はじめ、フォルムのかわいさでタヌキを主人公に選んだのですが、なかなか進まなくて。「きれい好きだけど、部屋をきれいに」に変えてからお話がどんどん進んでいきました。

『ぼくのへや』(KADOKAWA)より

――でも色々手放してスッキリした部屋で、なぜかアライグマくんは落ち着きませんね。

 手放したものに“自分にとっての宝物”が混じっていたと後から気づくんですよね。「天狗のお面」とか「巻貝」とか、他人に価値はないかもしれないけど、ぼくには宝物。やっぱり譲ったひとたちに返してもらおうと、深海、天国、宇宙まで出かけていきます。絵の中で探しものを楽しんでもらえるように工夫しました。

手放してわかった大切なもの

――“他人と自分を比べてしまう”とか、“捨てて後悔した”という経験はありますか?

 実家をリフォームする際、ぬいぐるみをうっかり捨ててすごく後悔したことがあります。私はもう1人暮らしで、子ども時代のものをあまり残しておくのも親に悪いなと、ぬいぐるみを減らすことにしました。その中でオーストラリアのキーウィという鳥のぬいぐるみを、間違って業者さんに処分する方に指示してしまって。途中で気づいて、慌てて残ったゴミ袋を片っ端から開けたのですが見つからず……。

 いざなくなるとショックで、喪失感が大きかったです。「大人になるために」といっぱい捨てた中にそれが入っちゃったのですが、「買い戻せないものは捨てない方がいいんだな」と痛感した出来事でした。

――絵本でも「よりよいアライグマになるために」捨てたはずが、後悔しますものね。

 もとの部屋もよく見るとかわいい小物が転がっていたり、雑誌「クリーンライフ」を買っていたり、「(部屋を)よくしたい」という気持ちはあるんですよね。ちなみにアライグマくんが手放した観葉植物がうちにはまだあります(笑)。

『ぼくのへや』(KADOKAWA)より

――伊藤ハムスターさんのおうちに実際にある植物なんですか?

 はい。「フィロデンドロン ゴールドリーフ」という名前で、蛍光色の葉っぱがかわいいなと思って買ったんですけど、だんだん伸びておばけみたいに大きくなって……。おしゃれで鮮やかだった葉っぱの色も、普通になってきました(笑)。他にも、絵本の中では捨てられたけど、まだうちにあるのがけっこうありますよ。

モノを買っても捨てても、埋められないものがある

――今はSNSを通じて他人の暮らしぶりが素敵に見えて、「自分はこれでいいのか」と思うことが誰しもありそうです。

 おしゃれなセンスのある人とない人という、すごく大雑把な分け方をすると、「自分はないな」と思っていて、それはつらいなあという気持ちがあります。センスのある人をマネしても、センスがあることにはならないけど、でもマネしないでダサイ自分のままでいるのもつらい(笑)。

 どうしたらセンスのある人になれるか考えた結果、「やっぱりなれない」とわかるんですね。物を買うことでは埋められないし、「物を選ぶのは楽しいけど、やっぱりつらいな」……みたいな気持ちはずっとあります。

『ぼくのへや』(KADOKAWA)より

 一方で、「ものを捨てても思い出を捨てるわけじゃない」と言う人もいるけど、SNSで「捨てちゃったらもう絶対思い出せないんだよ」と言っている人がいて、「わかるー!」って思ったんですよね。全部とっておくことはできないけど、捨てちゃったらゼロになるものはあるから悩ましいなあと。

 『ぼくのへや』では、センスのある人を羨ましく思う気持ちとか、でも好きなものがあって悩む気持ちは描けたかなと思っています。

――「ぼくといっしょにおおきくなったサボテン。どこにいったかしりませんか」とか、「きみまでてばなすなんて。ぼくはどうかしていたよ」とカメを探すセリフに、“手放した宝物”との距離感が絶妙に出ていると感じました。

 制作が進むにつれ、言い回しにこだわりが出てきました。“宝物”を取り戻したアライグマくんが、部屋で一息つきながら「あぶないところだった」と言うシーンがあるのですが、このセリフも編集者さんとの間で取るか取らないかの話し合いがあって、「やっぱり入れたい」と主張して残すことになりました。「自分にもこんなこだわりがあったんだ」とびっくりしています。

刺繍をするようにちまちまと描く

――苦労したページはありますか。

 悩んだのは、スッキリした部屋でアライグマくんが悶々と過ごす場面です。絵だけのページなのですが、つい挿絵を描くときの習性で、「つらい……」とかセリフを添えたくなっちゃって。でも刊行後にSNSの感想やコメントを読むと、「絵でちゃんと伝わっている」と感動しました。「絵本って、読む人に委ねるものなんだ」と勉強になりました。

 あと、市場、海底、天界などのシーンはやっぱり大変でした。「登場人物を一人ひとりキャラクター付けしていたら、いつまでたっても描き終わらないぞ」と思ったのですが、結局、そういう風にしか描けなくて。チマチマ刺繍するみたいに1匹ずつ描いていきました。

『ぼくのへや』(KADOKAWA)より

――市場、深海、天界などそれぞれの世界観が見ごたえがあります。

 親の仕事の関係でタイに住んでいたことがあるので、アジア風バザールはちょっと近い雰囲気があるかもしれません。『源氏物語解剖図鑑』の仕事をしたとき、平安の絵巻物の世界観が好きになって、天界の女官に取り入れました。他にも仕事で知った世界をあちこち描き込んでいます。

――見返しには「ふしぎないきもの 探してみよう!!」というコーナーがあります。パンダどり、すずめダンサーズ、ネコぎょ、イヌぎょ、バカンスせいじん……。絵の中でキャラクターを探すのも楽しいですね。

 デザイナーさんが提案してくださった見返しのコーナーで、すごく気に入っています。絵探しで遊んでくれている子たちの話を聞くと、がんばって描いてよかったなと思います。

『ぼくのへや』(KADOKAWA)の見返し

家のあちこちに本が落ちていた

――小さい頃はどんな本を読んでいたのですか。はじめての絵本制作にあたって好きな絵本を読み返したりしましたか。

 子どもの頃、特に好きだったのが水木しげるさんの妖怪図鑑のシリーズです。「あのワクワク感を描きたい」「目指すものをちゃんと復習しよう」と、妖怪、魔獣、魔物が出てくる本をまとめて読み返しました。ポップアップのしかけ絵本『おばけやしき』(大日本絵画)や『魔女図鑑』(金の星社)も見直しました。

 もともとイラストレーターとして挿絵のお仕事をいただけるようになったのも、自分が子どもの頃から本が好きで、挿絵に求められるものがなんとなくわかったからだと思います。両親も本好きで、家のあちこちにサブカルチャー系や大人向けの小説が落ちていました。

 他に好きだったのは「かいけつゾロリ」シリーズ(ポプラ社)や「ウォーリーをさがせ!」シリーズ(フレーベル館)。絵本では『おいしいものつくろう』(福音館書店)というウサギとアライグマの一家がただ朝・昼・夜とおいしいものを作って食べて「おやすみ」と言って終わる、平和な作品が大好きでした。佐々木マキさんの絵本も、手心のない毒があって好きでした。

――最後にお聞きしたいのですが、「伊藤ハムスター」のペンネームはどこから?

 著名なデザイナーの故・坂川栄治さんに名付けていただきました。井の頭公園でポストカードを売っていた頃、雑誌で見かけた坂川さん主宰のイラスト・クリニックに応募したら拾ってもらえたのです。ポートフォリオの作り方や売り込みの仕方など、イラストレーターとしてのイロハを教えてもらいました。私の本名は検索に引っかかりにくいので、何かペンネームを考えてもらえませんかと若さゆえの図々しさでお願いしたところ、「伊藤ハムでいいんじゃない?」(笑)。「えーっ、もう一声!」とお願いしたら「じゃあ、伊藤ハムスターでいいんじゃない」と。私の引っ込み思案でモゾモゾした感じが似ていたらしいです。

 最初は恥ずかしくて名乗っていなかったのですが、恥ずかしいのを堪えて売り込みをしていたら、いろんな方に「覚えやすい」と言われて。かつては流行りの画風を目指していたのですが、伊藤ハムスターでおしゃれぶってもしょうがない(笑)。ちょっとシュールなものを描く作家としてのキャラクターも決めてもらった気がします。いいペンネームだと後から気づいて、今ではとても感謝しています。