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「量子テレポーテーションのゆくえ」書評 哲学的問い含む物理の基礎研究

評者: 石原安野 / 朝⽇新聞掲載:2023年07月29日
量子テレポーテーションのゆくえ 相対性理論から「情報」と「現実」の未来まで 著者:アントン・ツァイリンガー 出版社:早川書房 ジャンル:物理学

ISBN: 9784152102409
発売⽇: 2023/05/23
サイズ: 20cm/396p

「量子テレポーテーションのゆくえ」 [著]アントン・ツァイリンガー

 「電子」や、光を粒子として見た時の名称である「光子」といった粒子は、量子力学と呼ばれる物理学の法則に従うのであるが、この現代物理学の根幹をなす基礎理論はしばしば我々を直観と異なる世界へと導く。例えば、観測するまでは粒子の状態が確定しないという、状態の「重ね合わせ」。粒子の状態は観測して初めて決まり、それまでは異なる状態が重なり合っている。どれになるかは確率的にしか決まらないというのである。有名な「シュレーディンガーの猫」の思考実験はそれが我々の直観と如何(いか)に相いれないかを示した。
 そんな確率論的解釈を持つ量子力学ではあるが、一方で、「量子もつれ」という状態となった粒子のペアを作ることができれば、片方の粒子を実験室で観測したとたんに遠く離れた実験室に送られたもう片方の粒子の状態が変わるということが起きる。これも量子力学の特徴である。「測っていない値は実在しない」という量子力学の枠組みのなかで「量子もつれ」は瞬時に情報を伝達する。アインシュタインはこれを不気味な遠隔作用と呼び、嫌った。
 著者は、2022年のノーベル物理学賞受賞者の一人。量子もつれ状態の光子を用いた量子力学の検証実験を進め、量子コンピューター、量子暗号、そして、量子テレポーテーションといった量子情報科学の先駆者となる。なぜならその鍵を握るのが「重ね合わせ」や「量子もつれ」であるからだ。
 不思議なふるまいで研究者を魅了し、また悩ませてきた量子力学。「実在とは?」といった多分に哲学的な問いをも含む。そのような基礎研究をするにあたっては、著者やアラン・アスペといったノーベル賞受賞者でさえ、終身職を持っていないならやめた方がいいと心配されたほどだ。しかし、そんな基礎研究の連なりが我々を現在の量子情報科学へと導いたのだ、ということは覚えておきたい。
    ◇
Anton Zeilinger 1945年生まれ。量子物理学者、ウィーン大教授。2022年に共同でノーベル物理学賞を受賞。