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絵本「うみのたからもの」たかおゆうこさんインタビュー 手のひらの貝殻から想像をふくらませて

『うみのたからもの』(講談社)より

イギリス南海岸で見つけた貝の化石

―― くるみの中に広がる想像の世界を描いた『くるみのなかには』(講談社)の出版から6年。『うみのたからもの』は、姉妹作のような位置づけの作品です。貝殻には何か特別な思い出があったのですか。

 子どもの頃、夏になるとよく家族で海水浴に出かけたんですね。渋滞を避けるため夜明け前に車で出発すると、早朝の浜辺には、たくさんの桜貝が打ち上げられていました。朝日に照らされ、きらきらと輝いて。当時、アンデルセンの『人魚姫』が大好きだった私は、ピンク色の桜貝を見て、人魚姫のつけ爪かもしれないと想像をふくらませました。

 それ以来、浜辺に落ちているものを集めて、いろいろな物語を空想するようになったんです。貝殻そのものの造形的な美しさはもちろんのこと、欠けている貝殻にも物語を感じるようになりました。

絵本のために各地の海辺で収集した貝殻(本人提供)

―― 貝殻の絵本を作りたいという思いは、そんな子ども時代の記憶がベースになっているのですね。

 そうですね。私の絵本はいつも、子どもの頃に五感を使って味わった美しさや気持ちよさみたいなものが芯になっています。

―― 中盤、貝の化石が登場するのを機に、想像は太古の海の底まで広がっていきます。

 2019年、断崖絶壁が連なるイギリスの南海岸を旅したとき、浜辺で不思議な模様の石を拾いました。ずっしりと重いそれは、貝の化石でした。その辺りはジュラ紀の地層が剥き出しで、波や雨風の侵食によって、意外とたやすく化石を見つけることができるんです。

イギリスの南海岸、ジュラ紀の地層が連なる断崖絶壁にて(本人提供)

 化石を手にのせて海を見ていると、首長竜やアンモナイトなど、2億年前の古生物たちが目の前に鮮やかに浮かび上がって、時空を超えて自分と繋がっているような不思議な感覚を覚えました。それで、絵本に貝の化石のエピソードを入れようと決めたんです。

嘘のない描写を目指し取材旅行へ

―― 制作にあたって、丹念な取材を重ねられたそうですね。

 化石の物語を盛り込もうと考えたとき、真っ先に浮かんだのが、太古の海を首長竜が悠々と泳ぐ様でした。でも、首長竜にもいろいろな種類があるし、首長竜がいた時代にどんな貝が生きていたのかもわからない状態だったんですね。絵本はできるだけ正確に描きたいという気持ちが常にあるので、きちんと調べた上で作らないと、と思いました。

 まず、古生物学を専門とされる加瀬友喜先生にラフを見ていただき、首長竜と同じ時期の海にいる貝としてどんな貝を描くべきか、相談させていただきました。加瀬先生からご提案いただいたのが、トリゴニア。中生代のジュラ紀から白亜紀に繁栄して、その後、絶滅した三角形の貝です。絵本に登場する化石は、ドイツで発見されたという加瀬先生からお借りした化石をモデルに描きました。

貝の化石を盛り込んだことで、太古の海へと遡る時間の旅の物語となった。『うみのたからもの』(講談社)より

 熊本の天草に白亜紀のトリゴニアが発掘される島があると知って、御所浦という島に取材にも行きました。御所浦白亜紀資料館(現在リニューアル工事中。2024年3月、御所浦恐竜の島博物館としてオープン予定)の学芸員さんの案内で、白亜紀の断層が見えるところに行ったり、トリゴニアにはオレンジ色や紫色のものもある、というお話を伺ったりして、イメージを深めていきました。

 首長竜が泳ぐ様は、福井県立恐竜博物館で開催されていた特別展「海竜」のイメージ映像や、沖縄の美ら海水族館で見たジンベイザメを参考に描きました。福井県では実際に貝の発掘も体験しましたし、福島のアンモナイトセンターにも行きました。

海に投げ入れた貝殻が波間を漂う様子を見て生まれたという、貝の帆船のシーン。絵本で描くにあたって、沖縄の海を再度訪れ、実際に貝殻を浮かべて観察したり、船の模型を作って帆船を研究したりした。『うみのたからもの』(講談社)より

―― 巻末には、参考文献のタイトルがずらりと並んでいます。

 海に関しては、あらゆる本を読んだと言っても過言ではないくらい読み尽くしたんですが、その中でも制作の支えになった本を参考文献として載せています。この絵本の読者の皆さんにも読んでもらえたらいいなという思いもあって。

 表紙にも描いたアサギマダラという蝶は、海を渡って2000キロもの距離を移動する“渡り蝶”なんですが、参考文献として載せたレイチェル・カーソンの『海辺 生命のふるさと』(平河出版社)にも偶然、海を渡る蝶のことが書かれていました。同じところにたどり着いているような気がして、うれしくなりましたね。

―― 扉と最後に描かれている浜辺は、どこかモデルとなった場所があるのですか。

 この絵本の企画をスタートさせてから、イギリス、沖縄、天草、四国、石川、福井、福島、千葉、神奈川など、いくつもの海を訪れて、浜辺を歩いて貝殻拾いをしたんですが、砂の色ひとつとっても、沖縄は白っぽくて千葉はグレー、イギリスは明るい茶色だったりと、それぞれ異なるんですね。同じような貝殻でも微妙に違っているし、波の音も季節によって響き具合ががらっと変わります。どの浜辺にもいろんな思いがあって決めかねたので、ひとつの浜辺をモデルにはせず、私の中の理想に近い想像上の浜辺を描きました。

 観光地化された海では難しいんですが、嵐の翌日、地元の方しか知らないような浜辺に朝早く訪れると、絵本に描いたようにたくさんの貝殻が落ちていることがあるんですよ。

美しく豊かな海をいつまでも

―― 制作の上で心がけたのはどんなことですか。

 描きすぎないこと、そして、語り過ぎないこと、ですね。絵は、どれもかなり描き込んでいるように見えるかもしれませんが、実はだいぶ省略しているのです。たとえば海についてですが、リアルに描きすぎると、自分のイメージする海からどんどん遠ざかってしまいます。あまり描き込まず、ちょうどいい塩梅で見る人に想像の余地を与えるような絵を目指しました。

水彩、色鉛筆、鉛筆、パステル、水彩クレヨンなど、あらゆる画材を用い、それを切り貼りしたり、スキャナーで取り込んでからさらに加工したりして描いたという。『うみのたからもの』(講談社)より

 文章も、読み手の想像がふくらむよう最小限にとどめることを心がけています。ただラフの段階では、とにかくすべて書き出していきました。取材を重ねれば重ねるほど知識が増えて、表現したいこともあれもこれもと増えてしまったのですが、全部書き出したあと、自分がこの絵本で伝えたいことが何なのかを突き詰めて考えた上で、削ぎ落していきました。

 本文中に使うつもりだった貝殻の絵を見返しで使うことにしたり、最後に入れるつもりだった化石のエピソードを途中に持ってきたり、使うつもりだった絵をボツにしたりと、制作途中で幾度もどんでん返しを繰り返しました。制作には4年ほどかかりましたが、時間と心を存分に使って、作品を発酵させていくような感覚がありましたね。

たくさんの貝殻を描いた絵はもともと本文中に使う予定だったが、推敲を重ねた末、見返しで使うことにした。『うみのたからもの』(講談社)より

―― 海辺で拾った貝殻をきっかけに想像の翼を広げて、海の底から空高くまで、さらには時間軸を遡って太古の海まで、スケールの大きい時間旅行のような創作だったのではないでしょうか。

 そうですね。私自身もこの絵本がどこに着地するのか、最初はわからなかったんですが、ひらめきを頼りに、ワクワクしながら旅を楽しませてもらいました。旅をしたあとって、疲れももちろんあるけれど、生き返ったような気持ちにもなるじゃないですか。この絵本を通して成長や発見もたくさんあったので、新しい命を与えられたようにも感じています。

―― 冒頭には“For this beautiful blue planet of ours”という文言、裏表紙には、貝の化石のシルエットの中に太古の海が描かれています。

 浜辺で、寄せては返す波の音に耳を傾けていると、生命の起源の不思議さにたどり着きます。この地球の豊かさは、脈々と繋がれてきた多様な生命の輝きにある、滅びてしまった生き物たちも含めて、多様であったからこそ命を繋いでこられたのではないか、と私は考えています。どうかこの海がいつまでも美しく豊かでありますように……そんな願いを込めて作った絵本です。皆さんもぜひ海辺に行ったら貝殻を探してみてください。