読書の楽しさ、子どもたちに知ってもらいたい
――なぜいま、児童書で本格ミステリーを書こうと思われたのでしょうか。
いまはスマホも普及してYouTubeなどの動画やアニメ、ゲームなど、さまざまな娯楽があるので、以前に比べて読書を趣味にしている人や本を読む人自体が減ってきていますよね。特に子どもたちは本を読む機会が減っているように感じます。でも、本を読んで文章から自分なりに想像を広げて物語を楽しんだり、登場人物の気持ちを汲み取ったりすることは、子どもたちが成長していくためにはとても重要なことだと思うんです。読書って、実はものすごい疑似体験。読書を通じて、いろんな体験ができて知識も身につけられるし、さまざまな感情を知ることで感性も豊かになります。
ただ、だからといって大人が無理やり本を押し付けるのは違うんですよね。子どもたちが自発的に本を読んで読書の楽しみを知り、文章を読む力が次第についていくというのが理想です。まずは子どもたちに読書の楽しみを知ってほしくて、この「放課後ミステリクラブ」シリーズを書きました。楽しささえ伝えられれば、大人になってからも本を読み続けてくれるんじゃないかなという思いもあります。
――知念さんご自身も小学生のころにアルセーヌ・ルパンシリーズの『奇巌城』で読書の楽しさを知ったそうですね。
家にあった本の中にたまたまあったんです。アニメの「ルパン三世」が好きだったので、ちょっと気になって読んでみたら時間が経つのも忘れて夢中になって読んでいました。それからは、ルパンやホームズなどの子ども向けのミステリー小説をはじめ、たくさんの本を読むようになって、本が好きになりました。そのおかげでさまざまな知識を得ることができたので、「放課後ミステリクラブ」シリーズはその恩返しみたいなところもあります。
個性豊かなトリオが謎に挑む
――1巻の「金魚の泳ぐプール事件」では、学校のプールにカラフルな金魚が数十匹も放たれるという事件が起こります。「学校」という子どもたちにとって身近な場所で、想定外の出来事が起きているというのが、ただならぬ感じがしてワクワクします。
児童書で本格ミステリーを書くならば、読者である子どもたちの日常と同じような世界で起きる謎にしようと意識しました。自分がいる世界との乖離が激しいと物語の世界に入っていくのはなかなか難しいですから。そのうえで、ちょっと不思議な現象を起こしたいなとも思って、自分の小学校時代の記憶を引っ張りだしながら考えました。小学校というと、もう30年以上前なのでいまいち覚えていなんですけどね(笑)。
小学校で生き物係のようなものをやっていて、メダカなどを育てていたんですよ。みんなでお世話していたし、生き物が好きな子が多かったなという記憶もあって、そこからアイデアをふくらませていきました。夜の学校のプールできれいな金魚がたくさん泳いでいたら、とても幻想的で面白いですよね。
――その謎を解いていくのが「ミステリクラブ」所属の辻堂天馬、柚木陸、神山美鈴の3人、通称「ミステリトリオ」です。探偵役の天馬くんが1人で活躍するわけでも、ワトスン的な相棒と共に2人で謎を解き明かすわけでもなく、3人というバランスが絶妙です。
小学生のころって、特に一人ひとりできることが違いますよね。足が速い子もいれば勉強ができる子やお喋りが面白い子もいて、それぞれが何かしら特技を持っている。その一つひとつがとても価値があることだと思うんですよね。推理が得意な天馬、実は合気道の使い手である陸、運動能力が高い美鈴と、この3人が力を合わせることによって一つの謎を解く。そういうストーリーにしたいなと思って、3人のキャラクターを作りました。1人の天才が謎を解くのをただ見ているだけじゃなくて、一人ひとりが自分の能力を使って力を合わせれば、すごいことができるということも伝えたかったんです。
――主人公が探偵役の天馬くんではなく、ふつうの小学4年生の陸くんという点も読者の子どもたちを物語の世界へと入りやすくしてくれますね。
読書って、物語の中の登場人物に自分を重ねたり反映したりして読めるのがいちばん良いと思うんです。読んでいるうちに、想像をふくらませて、自分も「ミステリクラブ」の一員になったつもりで謎を解いてみたいと思ってもらえたらうれしいですね。
ミステリー小説の醍醐味を子どもたちにも
――後半では、天馬くんから「読者への挑戦状」が出されます。「自分も謎を解いてみせるぞ」という気にもなりますね。
「読者への挑戦状」はエラリー・クイーンの作品でよく使われる推理小説の手法ですけど、ここまでが問題編でここから先が解答編になるという目印。やっぱりミステリー小説を読む醍醐味は、謎を自分なりに推理して答え合わせをすることですよね。その楽しみを子どもたちにも知ってもらいたくて、一回止まって考えてもらえるようにしました。
僕自身、中高生のころに「週刊少年マガジン」で連載していた『金田一少年の事件簿』を毎週読んでいて、「犯人はお前だ」というセリフに続いて「じっちゃんの名にかけて」の決まり文句が出てくると次の号で犯人が判明するとわかるので、前の号を読み返して推理を楽しんでいたんですよね。
今回の謎自体はいくつかの要素を絡み合わせて複雑にしているんですけど、大人向けのミステリー小説よりは手がかりを多めにしたり、大きく見せたりしています。なので、全ての謎が完全には解けなくても、途中までや部分的には推理が当たるはずです。
――読者の子どもたちからも推理を楽しんでいる報告が出版社に届いており、続巻への期待も大きいですね。2巻が10月末、3巻が来春刊行予定となっています。既にシリーズのファンになっている子どもたちはもちろん、どんな子どもたちに届けていきたいですか。
特に対象を考えているわけではないのですが、やっぱり読書の楽しみがよくわからない子、本があまり好きじゃない子に手に取ってもらって、本を読む楽しさを知ってもらいたいです。
それと、日常で少しでもつらいなと思うことがある子どもたち。物語の世界に入って疑似体験ができる読書って、つらい現実を一時的に忘れて前向きになれるんですよね。いまは少しつらい環境にいるかもしれないけれど、それだけじゃない世界が広がっていて、いろんな可能性があるんだよってことを伝えたいです。