「自分の奥にあるもの」が共振
――映画は「伝説のハガキ職人」と言われたツチヤタカユキさんの青春私小説が元になっています。原作を読んだ感想と役作りについて教えてください。
活字からツチヤさんご本人の顔が浮かび上がってくるような、ものすごい熱量を感じましたね。原作を読んだ段階では、一体これがどういう映画になるのか全く想像がつかなかったのですが、ツチヤと自分は決して遠いキャラクターではないなという印象を受けました。活字越しに浮かんでくる「ツチヤタカユキ」というキャラクターに共感を覚えたし、役の核となる部分は自分の中にある「ツチヤ」の要素と割とシンクロしている感じがあったので、原作に描かれている具体的な部分を引っ張って役作りをしたということはなかったです。
――特に共感したのはどういった部分だったのでしょう。
うまく言葉にするのが難しいのですが、自分の奥にあるものですかね。著者の顔がせり出してきてしまう作家性を含め、文字に書かれている表面的なことではなく、それ越しに見える「ツチヤタカユキ」にどこか共振した感じです。
――「笑い」に対してひたすら貪欲で、純粋すぎるがゆえに社会に適応できないツチヤの姿は見ていて胸が痛むこともありましたが、演じていても相当しんどかったのでは?
ツチヤが生きている世界はとてもカオスだし、ものすごく苛烈な世界の中に身を置いているので「ツチヤタカユキ」という役の目を通してその瞬間を生きていると、自分もツチヤとともにズブズブとはまって落ちていく感じはありました。
――実際にツチヤを演じてみて、最初に思っていたこととは違う発見や気付きはありましたか。
現場に行ってみて、自分が思っていた以上に心を揺さぶられることは都度ありました。ツチヤは基本的に自分とそれ以外の他者にはものすごく分厚い隔たりを持ちながら生きている人だと思うんです。だけど、ふとした時に流れ込んでくる他者からの愛情や、なんだか分からないけど「あったかい気がする」ものの浸透率は大きかったですね。普段が孤独だからこそ、余計にそう感じるのかもしれないですけど、僕もツチヤを通して他のキャラクターたちやそれを演じている役者さんの愛情の一端みたいなものに触れた気がしました。
――人と関わることが苦手で「コミュ障」のツチヤですが、手を差し伸べて、気にかけてくれる人たち(尊敬する芸人の西寺、ピンク、ミカコ、母親)がいました。それぞれツチヤにとってどんな人たちと感じましたか?
ツチヤにとって、自分の円の中に入ってくる他者というのはものすごくイレギュラーな存在だと思うのですが、それでもこの4人が少しでもツチヤの内部に近づけたのは、それぞれが違う入り口からツチヤの懐に入ってきたからなのかなという感覚がありました。なので、ツチヤと接触した人たちが彼の人生と交差した要素というのも、それぞれ全くの別のものだと思うんですよね。
例えば、大阪で出会ったピンク(菅田将暉)とは、表面的には全く違う境遇で生きてきたように見えるけど、通底するところで同じものを持っていたように感じました。たまたまああいう出会い方をしたから、お互いがお互いの袖に触れ合うことができて近づいたのかもしれないですよね。(仲野)太賀くん演じる西寺さんとツチヤの関係もまた全然違ってくるんです。わかりやすく言うと師弟的な存在でもあるし、ツチヤにとっての「正義」が西寺さんでもあるんだろうなと思いました。
「この人を放っておけない」と思ったシーン
――後半で、ツチヤが「だれかが作った常識に何で潰されなきゃあかんねん」「楽しい世界で生きたいねん」と泣き叫びながらピンクたちに話すシーンでは、初めてツチヤが自分の本音を吐露し、人にぶつけたように思えました。演じていて、あの時はどんな感情が沸きましたか?
タイトルに「カイブツ」とあるように、側からみるとツチヤは他人には理解できない存在に見えていたけど、そういう見せかけの表面が剥がれた瞬間だったのかなと思いました。きっとだれもがジレンマの中で暮らしていて、ツチヤが叫んだような声を持っている人は多いと思うんですよね。なので、そのセリフを言うツチヤを台本でイメージした時「この人を放っておけないな」と僕自身も思ったんです。今まで周りに対してあれだけ攻撃的になっていたけど、根っこの部分にはそういう痛みや人知れず抱えているジレンマがあったのかということ、共感する部分でもありました。
――この作品や、演じた役を通して伝えたいことを教えてください。
基本的にはそれぞれが好きな受け取り方をしてもらえるのが一番幸せなので、その人オリジナルの受け取り方をしてもらえることがうれしいし、みなさんの感想を聞いてみたいです。きっと、だれもがツチヤのようなジレンマや承認欲求を抱えて生きていると思うし、それによる苦しみや「症状」というのは人それぞれ違うと思いますが、この作品を見てくださった方の心が少しでも和らぐ薬みたいな効果を果たしてくれたらなと思います。
おすすめの連鎖がおきた『臣女』
――ところで、岡山さんは撮影の合間によく読書をされているそうですが、最近読んだ本を教えてください。
僕は基本的に、いろいろな人から好きな本を聞いてそれを読むようにしているんですけど、今まさに読んでいるのは、李龍徳さんの『死にたくなったら電話して』という小説です。あとは、吉村萬壱さんの『臣女』もおすすめしていただいたのですが、すごく好きなタイプの作品でした。キレイに整理された温かいお話よりも、どこに連れていかれるのか分からないまま、最後は出口から放り出されるような作品が好きで、『臣女』も読み切るまでどういう小説なのか分からないんですよ。同じ現場で共演している俳優さんにもおすすめしたので、今現場では『臣女』の連鎖がおきているんです(笑)。
――そんな岡山さんのおすすめの1冊をお願いします!
川上未映子さんの『夏物語』は今まで読んだことがないような作品でした。川上さんご本人の血がにじんでそのまま文字になっている気がしたし、「作者の方が見えている世界ってこうなんだ」と感じたんです。前半の方でコミュニケーションがうまくとれない親子が出てくるんですけど、その2人が対面する瞬間が描かれている描写は「こういう感情で」とか「本人はこういう風に思っていて、その上でこの言葉を使っている」といった説明はないまま描かれているんですけど、その人が抱えているものや、いま本人の中で燃えているものがどういう形のものなのかがものすごく伝わってくるんです。読みながらあんなに気持ちが動かされたのは初めてでした。