17日に決まった第170回芥川賞・直木賞の受賞作は、どのようなポイントが評価されたのか。選考委員の講評から振り返る。
芥川賞は九段理江さんの「東京都同情塔」(新潮社)に決まった。「1回目の投票で、かなり高い評価を得た」と選考委員を代表して吉田修一さんが説明した。次点となった小砂川チトさん「猿の戴冠(たいかん)式」(講談社)と決選投票をし、単独での受賞になった。
受賞作は、ザハ・ハディドによる新国立競技場が建つ近未来の東京を舞台に、犯罪者への寛容論が浸透した社会を描く作品。「舞台設定だけでもかなりキャッチーで、架空の世界を支えるリアリティーがある。多くの読者が面白がって読めるような、最近の芥川賞のなかでも稀有(けう)な作品ではないか」と評価された。
「猿の戴冠式」は、「言葉」を覚えさせられ「手話」で意思を伝える類人猿のボノボと、ある事件をきっかけに引きこもっていた競歩選手の女性との交流を描いた作品。「小説として完成度が高い」と好意的に迎えられたが、「ボノボやチンパンジーといった人間とは異種であるものの扱い方が、ちょっと雑に読めてしまうのではとの意見も多くあった」という。
直木賞は河崎秋子さんの「ともぐい」(新潮社)と、万城目学さんの「八月の御所グラウンド」(文芸春秋)だった。選考委員の林真理子さんは「『ともぐい』は非常に高得点で、先に受賞が決まった」と説明。その上で2作受賞が検討され、評価の高かった嶋津輝さん「襷(たすき)がけの二人」(文芸春秋)と「八月の御所グラウンド」で投票した結果、後者とのダブル受賞に決まったという。選考会は3時間以上に及んだ。
「ともぐい」は明治期の北海道を舞台に、世間と交わらずに生きる猟師とクマとの闘いを描く作品。「圧倒的な文章力で、計算も行き届いている。自然と近代との対立、オスとメスとの対立といった、さまざまな対立が表現されているのでは」と評された。
「八月の御所グラウンド」は、京都で怠惰な生活を送る大学生を主人公に、死者と生者が淡く交わる物語。「日常のなかに非日常がふわっと入り込んでくる絶妙さ、バランスのよさがすばらしい」「さりげなく異空間に入れるのはベテランの技」と評価され、6度の候補入りで賞を射止めた作者に賛辞が送られた。(山崎聡)=朝日新聞2024年1月24日掲載