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「日本史を支えてきた和紙の話」書評 歴史の〝黒衣〟の存在を多面的に

評者: 石原安野 / 朝⽇新聞掲載:2024年02月03日
日本史を支えてきた和紙の話 著者:朽見 行雄 出版社:草思社 ジャンル:産業

ISBN: 9784794226792
発売⽇: 2023/09/28
サイズ: 19cm/271p

「日本史を支えてきた和紙の話」 [著]朽見行雄

 図書館や古本屋に入った時の独特のにおい。紙の圧倒的な存在を感じることも確かにある。しかし、本を開き、おもむろに白紙部分を眺める人は多くはないだろう。ほとんどの本好きにとって紙は、あることを意識しない空気のような存在なのだ。
 5世紀よりも前に中国大陸や朝鮮半島からの渡来人や僧によって伝わった製紙法は、日本においては独自の発展を遂げ、遅くとも7世紀には大量に生産されている。紙は、日本の第2次産業の中でも最も長い歴史を持つ製品の一つだ。
 7、8世紀頃(ごろ)、奈良時代の役所で使用された1万点を超える公文書は、定められた保管時期が過ぎるとその一部は東大寺に払い下げられ、裏面が写経所の帳簿として再利用されていた。正倉院の「写経所文書」である。その写経事業の帳簿から、その時代の写経に使われていた紙の量が試算されている。当時の一般的な和紙の大きさで200万枚を超えるという。1400年以上前に製紙法が伝わってからの数百年で、ここまでの大規模産業化を達成した。
 しかも、和紙はかけ流し漉(す)き技法ではなく、手間や技巧を必要とし量産するには効率の悪い揺り漉き技法で作られる。繊維が揃(そろ)うことで縦に裂けても横にはちぎれないという特徴を持ち、1300年も前の情報を現代に伝える稀有(けう)な情報伝達手段となった。公文書は堅く厚き紙に書くべしとした古代の役人の見識か。
 襖(ふすま)や屛風(びょうぶ)の蝶番(ちょうばん)。日本独自の紙文化を生み出し、美術品はもとより家屋の一部にまで和紙がなり得た鍵もやはりその丈夫さにある。
 そこに書かれているものから解き明かされる歴史だけではない。漉き込まれている植物、素材としての強度、産業化の背景、そして、その美しさ。本書では、異なる分野の専門家による分析や調査といった多面的な研究により歴史の“黒衣”である和紙の存在を浮かび上がらせている。
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くちみ・ゆきお 1934年生まれ。ジャーナリスト。和紙文化研究会員。著書に『フィレンツェの職人たち』など。