『「家庭」の誕生』書評 人と人の結びつき方 続く模索
ISBN: 9784480075901
発売⽇: 2023/11/09
サイズ: 18cm/382p
『「家庭」の誕生』 [著]本多真隆
2年ほど前、「こども庁」になるはずだった役所の名前が「こども家庭庁」に変更された。保守系の議員が「子どもは家庭でお母さんが育てるもの」などと訴えて、巻き返したのだ。いまや「家庭」の2文字は、保守派のお気に入りのようだ。
しかし本書によれば、明治期には進歩的な知識人が好んで使った言葉だった。家長への服従を求め、個人をないがしろにする「家」に対抗し、夫婦の横の関係を軸とする「家庭」の建設を唱えた。親の意思ではなく本人が伴侶を選び、子どもの教育の裁量権を母親が手にする。そんな新しい家族像は、明治の保守派からすれば、日本の伝統を壊す危険思想だった。
家庭はいかに語られてきたか。明治から現代までたどる本書を読むと、二つの論調がせめぎ合ってきたのがわかる。一方は個人が尊重される場を求めて家庭を論じ、他方は国家を支える単位として家庭を扱う。後者の最たるものが、戦時中、皇軍兵士を育てる「母」の役割が強調されたことだ。そのころには家庭は、進歩派の専売特許ではなくなっていた。
前者にしても、女性に家事を委ねる性別役割分業を認めがちな弱点があった。だからといって著者は、家庭という概念から脱却せよなどとは言わない。人は人と何らかの関係を築くことなしに生きられない。家庭の歴史には、私的な共同性への願いが込められているのだ。個人を出発点にしながら、多様性をもって家族や共同生活、社会との結びつき方を考えることがいま求められていると著者は述べる。穏健な主張だが、それだけに多くの人に響くだろう。
本書での発見は多々あるが、家庭科が戦後すぐ民主化の一環として生まれたというのは意外だった。家事の分担が民主的かどうかを話し合う学習があり、中学高校では選択科目として男女とも履修できた。先人の理念に敬服する。
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ほんだ・まさたか 1986年生まれ。立教大准教授。専門は家族社会学、歴史社会学。著書に『家族情緒の歴史社会学』など。