ISBN: 9784152103154
発売⽇: 2024/03/21
サイズ: 13.7×19.4cm/576p
「ソクラテスからSNS」 [著]ヤコブ・ムシャンガマ
言論の自由は極めて重要だ。それなしに自由な社会、民主的な社会はあり得ない。ここまでは多くの人が同意するに違いない。では自由や民主を否定するような言論にも自由を認めるべきか。
イエスと言うのは簡単ではないだろう。だからこそドイツでは、ヒトラーの著書『わが闘争』が戦後も長く、出版を認められなかった。日本のいくつかの自治体も、ヘイトスピーチを禁じる条例を設けている。しかし本書の著者の立場は異なる。言論の自由がときに分断をまねき、社会に損害をもたらすにせよ、自由を制限して害を防げるわけではないと訴える。論拠は歴史のなかにあるという。
民主的だったワイマール共和国でヒトラーが台頭したのは、彼のプロパガンダを十分に禁じなかったからだという議論がある。しかし本書によれば、ヒトラーを黙らせるための努力はなされていた。それはかえって人々の関心を高め、おかげで彼は殉教者のようになってしまったという。言論弾圧に抗(あらが)った人が影響力を持ったとたん、弾圧する側に回る事例も数多くある。
言論の自由はどう扱われてきたか。古代からたどる本書には自由を憎む人、論敵の自由は認めない人、そして誰の自由をも尊重する人たちが登場する。17世紀、出版の自由が広く認められたオランダではこんな主張があった。異端的な書物の出版を許すのは、それを受け入れることを意味しない。むしろ異端的な思想に反論するためにこそ自由が必要なのだ――。
最近、日本の出版界では「内容に悪意がある」とネット上で批判された本が出版中止になった。トランスジェンダーを扱ったその本は、別の出版社が引き取って刊行した。世に出すべき本ではないと言う人もあろう。これで言論の自由が守られたと言う人もあろう。私たちが言論空間に求めるべきは何か。考えるための材料が本書には満ちている。
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Jacob Mchangama シンクタンク「ユースティティア」CEO。米バンダービルト大研究教授。